88.背後から
戦況は膠着している。いや、徐々に私たちに限界が迫ってきている。
目の前ではなおも『脅威』が苛烈な攻撃を次々に放ち、球状の管が集まった自分の体を、正確にはその内部にある核を守っていた。無数に生えていた管は今や四本の巨大な腕にまとめられていたが、攻め手を緩めることはなく、狭い空間での戦闘とは思えないほどの手数とパターンで、私たちの組んだ五人だけの陣形を破壊すべく手を伸ばす。覚醒状態の私たちと魔王が相手でも、全く怯んだ様子がない。
「ぬう…」
魔王は低く唸った。短期決戦でなら勝機があると見込んでの戦闘だったが、思いのほか決め手に欠けている。しかも、このタイミングで脅威は狙いを魔王一人に変え、じわじわと体力を削っていた。ガイレルやアルトナ、私が防御に回っても少しずつすり抜け、確実にダメージを蓄積させている。魔王がこの空間の制御までも担っていることを見破っての動きに違いなかった。
「あ」
致命的な一撃が私たちの隙間をすり抜ける。
魔王の腹部を、脅威の腕の一本が貫いた。貫いたまま、体から魔力を吸い取ってゆく。
「離せ!」
大きく振りかぶって、アルトナが腕を切断する。脅威はおぞましい叫び声をあげて腕を引っ込めたが、別の腕がアルトナの頭部めがけて乱暴に打ち付けられる。
「アルトナさん!」
もうすでに精神をすり減らしたシラナが悲鳴を上げながら魔王とアルトナを回復する。残り二本の腕はガイレルが腕力を頼みにして無理やり止めている。私は踏み出して攻撃しようとするが、攻撃は魔法の障壁に阻まれる。
魔王が血を吐いた。全身を震わせて大きく息をつきながら、私に補助魔法をかける。
「攻めるのだ…!今…!後ろを、気にするな!」
振り向きたい気持ちを押し殺して、目の前の敵に槍を放つ。
これまで苦戦していた障壁が一撃で破壊され、脅威がけたたましい悲鳴を上げた。
勢いを緩めることなく、脅威の核を槍で貫こうとした。
金属をぶつけるような音と共に、槍は勢いよくはじき返された。
「え?」
真横から腕から分離した管が襲い掛かってくる。
「ミトナ!」
ガイレルが腕二本を管に投げつけて、私への攻撃をはじき返す。
「何…あの核…」
陣形に戻り、核を凝視する。アルトナが攻撃を受け流しながら呟いた。
「自分自身の核を封印している…?」
「意思を捨て…暴走するつもりかもしれぬ。完全に封印されるまでに殺し切らなくては…!」
私たちは再び脅威に向き合ったが、最初と同じような状況ではない。
一方で、脅威は散々攻撃されているはずなのに怯んだ様子もない。
すぐに決めなければならないのは分かっている。しかしそれが簡単ではないことも分かっている。単に命を投げ打って攻撃するとかそういうことでもない。全く別の手段が…。
「魔王様」
私たちの背後に出現したのは、山羊の頭骨を頭にかぶり、赤い衣を身につけた魔物だった。
「バードウか?城を出ろと言ったはずだが」
「私たちが城を出たとして、魔王様と人間たちが敗れ、脅威が解き放たれてみなさい。簡単な被害では済みませぬぞ」
穏やかなようで、小言のようでもある一言を投げかけた後に、シラナの肩に手を置いた。
「皆様、もう少しだけ耐えてください。決定打はすぐです」
背後でごとごとと重いものが置かれる音がする。紫色に光り輝く半透明の鉱石だ。
シラナが再び魔力を取り戻したことで、私たちも再び戦闘を進めることができそうだった。おまけに、バードウという魔物のために、魔力を多く消費する行動をとりやすくなった。
だからといって状況は好転していない。核は依然固まろうとし続けている。
私たちができることは、決定打まで待つことだけだ。
バードウが空間の維持を担ったため、魔王が核の封印解除に取り掛かった。攻撃はますます凶暴さを増し、ただでさえガイレル一人で防御するのは難しくなっていたのに、アルトナまで防御に回ることになった。攻撃できるのが私しかいない。
でも、やるしかないんだ。
私は槍を構えなおして狙いを定めた。
背後から熱が波を成して静かに伝わってきた。
いくつかの足音が近づいてきた。
「ミトナ」
聞き覚えのある声だった。その人は私の横を歩き、背中を私に見せた。
「久しぶりだね」
「…お兄ちゃん?」
勇者レンデが、自分の剣をゆっくりと構えて脅威に相対していた。




