87.脱衣
魔王城の前の城下町は、思いのほか混雑していた。町民だけでなく、身分の高そうな人たちも混じって人だかりができている。
「何があったんだ」
指揮官が尋ねると同時に、城から轟音が響き始めた。
「今のは…まさか」
情報官が初めて苛立ちを露わにして呟く。城から転がり出てきた兵士が真っ青になって指揮官に叫ぶ。
「『脅威』ですよ!このタイミングで目を覚ましたんです!」
「なんだと?城内には誰がいる」
「魔王様と旅人四名です!それと…封印された勇者も」
私は馬を降りて、兵士に詰め寄った。
「勇者は…勇者は、この城の中にいるのか?」
「はい…ただ、封印の結晶が床まで侵食して、搬出に手こずっています」
まずい。このままでは勇者が取り残される。
駆けだそうとする様子を見て、バーヴルが下馬して私の腕を引っ張る。
「おい落ち着け!あの音を聞いただろ、無策で突っ込めば巻き添えを食らって死ぬぞ!」
「無策じゃないんだ!早く行かせてくれ!」
背後では兵士たちが城の周りを駆け、異常がないかどうか、住民の様子などを調べ回り始めていた。夜とは思えない喧騒に、誰もが騒然としている。
「魔王様は、城内に兵士を含む誰も入れるな、私と旅人たちだけで対処する…と仰っていました」
「だからって指をくわえて待っているわけにもいきませんよ。せめて勇者だけでも運び出さねば」
情報官と兵士が私たちのすぐ後ろで話している。
「無策じゃないならどうするっていうんだ、まずそれを話せ」
「人間の領土に秘術が眠っていたんだ。この世に存在するあらゆる封印を解除する秘術だ」
「…使えるのか」
「あと何人かが手伝ってくれさえすれば」
私はバーヴルを見た。まだ訝しげな様子だったが、まっすぐに見つめ返して一つ頷いた。
「今、封印を解くと言いましたか」
情報官がこちらを振り向いて問う。
「はい。でも一人じゃダメなんです。魔力を分けてくれる人がいないと…」
「部隊の魔術師を呼びます。ユマさんは少し待ってください。バーヴルさんはこれから、先ほどひっとらえたクソ共の面倒を見てください」
情報官は持っていた杖で頭を三度叩いた。甲高い音がしたかと思うと、兵士の服を着たスケルトンが五名ほど集まった。
「勇者の封印を解いて運び出します。この龍と人間のハーフの少女がその術を知っていますが、魔力が必要です。封印を解く間中ずっと魔力を注ぐのです。枯れてでも注ぎ続けなさい」
「了解しました」
それから情報官は門番の兵士に語り掛けた。
「全ては私の独断であり、責任は私にあります。あなたが気にすることはありません。では行きましょうか」
バーヴルと私は逆方向に駆けだした。
一陣の疾風と化した私たちは、門をくぐりドアを通り、地下への階段を降り、すぐに勇者の封印されている広間に着いた。何人かの兵士がまだその周囲を取り囲んでいた。
「下がっていなさい!我々が運び出します!」
兵士たちは敬礼して、城の出口に向かって駆け出した。
「お願いします」
私は勇者の顔を見ながら、封印に手をかざした。
「勇者レンデ!その血とその名に、身を世に解き放て!」
スケルトンと情報官が一斉に私に魔力を注ぐ。かざした両手の掌から真っ青な光が鋭く封印に刺さり、跳ね返され、周囲を逡巡してはまた貫こうとする。
「レンデ…」
人間の親を六国で亡くした私は、サンチマルに流れ着いていた。
魔物の血が混じっていると知られると、周りの人々から奇異な目で見られ、暴力を振るわれることも珍しくなかった。
とうとう私は人前に出ることができなくなり、なるべく誰もいないところを選んでひっそりと生きることにした。一か所に留まるとその場所を失うのが怖くなるから、仕事にも就くことができずにあちこちをふらふらしていた。
「君は?」
私は路地裏で、肌着のまま膝を抱えて蹲っていた。最初は私に話しかけられていると分からず、俯いたままだった。
「君だよ。どうしてこんなところにいるの?」
私は顔をあげた。清潔な服装の青年が、膝をついてまっすぐ私を見ている。
「…家がなくて、お金もなくて…服も売ったから…歩くとお腹もすくし…」
「待ってて」
暫くして、青年は戻ってきた。何か大きな布の袋とパンを持っている。
「まずはこれ。着替えれば寒くないよ。それとこのパン。焼きたてだからしばらくはあったかい」
大きな袋の中には、下着と丈夫そうなローブが入っていた。
「…なんで?」
「え?」
「牙があって鱗があるのに、なんでこんなものくれるの?」
私をまっすぐ見て微笑むと、青年は優しく告げた。
「ただ助けたいって思っただけだよ。まあとりあえず着てごらん、僕は後ろを向いておくから」
不慣れな手つきで服を着て、パンに飛びつく。勢いよく食べる私を見ながら、勇者はじっと私を見ていた。
「食べ終わったら、僕の故郷の村まで君を送り届けるよ。どうにかして君を住まわせてくれるように頼むから、君もみんなと仲良くするんだよ。僕はそこからさらに旅をするから」
私の手が止まった。
「…いやだ」
「え?」
「一緒じゃないなんていやだ!そんなのいやだ…一緒にいてほしい!」
困ったような呆然とした表情を青年は浮かべた。
「…お金ないよ?野宿とかするかも」
「でも私のこと、殴ったりしないでしょ」
「しないけど…」
少し考えてから、青年は諦めたように笑った。
「まずは、ギルドに行って通行手形を貰おうか。僕はレンデっていうんだ。よろしくね」
「起きて…!」
光は封印を突き刺し、その奥の体を取り出そうとしていた。




