85.砦
背中側で手枷が腰に当たる。『真実の軍』という集団に捕まった私は歩きながら、私を連れる兵士の群れを観察していた。規律はしっかりと守られているようで、私たちに声をかけるものも特にいない。おそらく話しかけようとすると
隣でバーヴルがびくびく怯える…ふりをしている。私から見ると非常に滑稽だったが、周囲の兵士は騙されているようだった。
軍の行進が止まった。目の前には古びた砦が聳え立っている。
「着いたのか…?」
バーヴルが不自然なまでに静かな砦を見上げる。空気が張り詰めているが、その理由は規律以外のところにあるように見えた。
「開門しろ」
列の戦闘から命令が聞こえたが、跳ね橋が下りるような気配はない。
「聞こえなかったのか!開門しろ!」
また声を張り上げるが、静寂は変わらない。
「開門しろと言っている!」
蹄の音がわずかに、しかし高らかに聞こえたと同時に、軍全体が一歩前進する。
城壁の上のかがり火が灯り、矢が雨となって無数に降り注いだ。
「うお!やっぱりかよ!」
バーヴルと私は背をつけて手枷で顔を防御する。
「真実の軍というやつとは別の勢力か?」
「そうだろうさ!矢の拡散範囲が的確だからな!移動するぞ!」
矢の雨をかいくぐって、バーヴルについていく。素早く目につかないように兵の隙間を縫って前列付近に来ると、一気に横に逸れて軍を抜けた。
「追手はどうにかしてくれ!」
「そのつもりだ」
私は背後から飛んでくる火球を跳ね返しながら進んでいたが、すぐに真実の軍から号令が轟き、退却し始めた。
「俺たちがいないことは今は気づかれていないはずだが、時間の問題だ。すぐに中に入れてもらおう」
「あいつらを信用するのか?」
「真実の軍には規律しかない。指揮官として、そんな軍は信用できない」
私たちは城門の前に歩み寄り、手枷を掲げた。それを見たらしい城門の上の兵士が問いかけた。
「お前たちは誰だ」
「俺は人間だ。真実の軍の捕虜になっていた者だ」
「私は半竜人だ。人間領にいたが、魔王領に戻る途中でこの男と出会い、共に真実の軍に捕まった」
「…分かった、そこで待て」
兵士は下がり、それからすぐに跳ね橋が下りた。
「急いで中に入れ。いつまた軍が来るか分からん」
言われるままに私たちが砦の中に入ると、すぐに跳ね橋は上がり、指揮官らしき人物が私たちを出迎えた。砦の内側は慌ただしく、荷物が頻繁に行き来していた。
「人間と半竜人。間違いないようだな」
指揮官はゴーストで、鎧だけが浮いているように見える。そのため表情から何を考えているかは読み取れない。
「何をしに来たか知らないが、ここは危険だ。戦いが終わったらすぐに人間領に送り返す」
「まあ待ってくれ。俺はこの半竜人の付き添いで、この半竜人は魔王の城に向かっている。…これ以上のことは本人から聞いたほうがいいだろう」
指揮官の兜がこちらを向いた。なるべく冷静に、私は話し始めた。
「私は名をユマと言う。かつて勇者と旅をしていた者だ。その勇者の妹が魔王城に向かっていると聞き、後を追ってきたのだ」
「勇者は現在どこにいて、何をしている?」
「魔王城だ。脅威に放った封印の呪文が跳ね返され、自らも身動きできなくなっているはずだ」
話し終えると、指揮官は一つ大きく頷いた。
「なるほど、ユマ本人のようだ。…ではその人間も信頼に値するということでいいな?」
「構わない。彼は人間の領地で軍の指揮官をしていた男だ」
指揮官はじろじろとバーヴルを見た。そして、今度はバーヴルに質問した。
「こちらは兵士十人と指揮官一人、敵は百人いる。お前が指揮官だとして、どのように立ち向かう?」
「逃げるさ」
バーヴルは不敵に笑いながら即答した。指揮官は続けて質問した。
「三十人程度の偵察隊に、砦を守る兵士九百名が逃げ去った。砦に罠はあるか」
「罠がないなら逃げないだろうな。三十人程度の相手に罠を仕掛けるかという問題もあるが、その三十人が敵の主力ならそれだけのことはするかもしれん」
「三十人が砦に入ったらどうやって攻めるか」
「先ほど言った状況なら、攻城戦でもいいが、城に置いた罠を使う方が手っ取り早いだろうな」
「三十人はどう守るべきか」
「守らずに捨てて城に敵をおびき寄せるべきだ。城の罠があるならそれはそのままにしておく方がいい」
「決まりだな」
指揮官はそう言うと、城の地図を取り出して近くの机に広げた。
「我々は真実の軍の移動ルートを探る情報を得るためにここを占拠した。探索が終われば引き払うつもりだ。ここには正門が一つ、側部に出口が二つある。敵が入り次第側部は塞ぎ、城壁を飛び降りて脱出する。起爆は跳ね橋に仕掛けた魔法陣によって行う。そのあとは魔王城に直進する」
「ふむ…」
バーヴルは何か考え込んでいるようだった。そこに、一人の兵士が報告にやってきた。
「指揮官。情報を集め終わりました」




