80.脅威
アルトナに揺すられて、私は目を覚ました。
「おい!いつまで寝てんだお前!今はそんな場合じゃねえぞ!」
「え?…え?」
ガイレルもシラナも既に服装を整えている。薄着なのは私だけだ。まだ眠いままで目をこすっていると、シラナが私の装備を持ってきてくれた。
「ミトナさん、大変です!今すぐに魔王様に会いに行きましょう!」
「たいへん…?」
「とりあえず着替えて」
ガイレルに促され、慌てて腕を動かして服を着る。私が槍を背負ったのを見て、みんなが扉を開けて部屋を出ると、カロが部屋の外で待っていた。
「事情は魔王様から説明していただくが、戦う準備はできているか?」
「一応できてる。まあこの後のことは想像したくないけどな」
戸惑う私にシラナが声をかける。
「ミトナさん、『脅威』が復活したみたいなんです」
兄が封印されている部屋のさらに奥には、より深くまで続く階段が続いており、底で厳重に封じられた跡のある扉が開かれている。魔王が扉に背を向けて立っていた。
連れてきました、とカロが言うと、魔王は振り向いた。
「来たか。カロ、お前は他の兵と共に城の人々を避難させろ。私は迎撃にあたるが、無事かは分からん」
カロは一礼して歩き去っていった。それを確認すると、魔王は私たちを見た。
「魔族の騎士何百人以上に、覚醒した人間一人のほうが戦力になる。少人数で戦うほうが、大勢を巻き込まずとも済む。つまり、君たちと私がこの城の最高戦力というわけだな」
「え?私たちがですか?」
「そうだ。この『脅威』は、魔王領で食い止めなければ人間領に向かう。魔王領では『脅威』は認知されているが、人間領ではそうではないと聞く。『脅威』がこの土地を去れば、人間領を覆うのは未曽有の混乱だろう」
魔王の目の前には真っ黒い空洞があり、奥から何かの腐敗した生臭い臭いが逆風と共になびいてくる。
「我々でこれを食い止める。各々が各々の役割を果たさなければ、最悪以上の結末を招きかねん」
私たちは歩き出したが、前に進むことですらも難しく思わせるような重苦しさが足にまとわりつく。
「それぞれの役割を教えてくれ。まずはそこから最初の陣形を組む」
「俺は肉弾戦での攻撃と防御、あと魔法を少し」
「私は回復を担当しています」
「僕は肉弾戦で壁になります」
「私は中距離攻撃と魔法を使うくらいです」
「よろしい。私は魔法での攻撃と補助を行う。最前列でガイレルが防御に徹し、中列左右にミトナとアルトナ、真ん中に私、最後列でシラナが回復を行う」
ますます強くなった腐敗した向かい風を受けて隊形を並びなおしながら、アルトナが尋ねる。
「ってことは、基本的に防御を最重視する形になりそうだな」
「うむ。最前列での防御といっても、受け流すことをまず重視しろ。流れた攻撃を受けるために左右の二人を置いたが、そこが駄目になれば私が入れ替わる。シラナは絶え間なく全員の回復を続けろ。シラナに攻撃が届くような事態があれば、『脅威』を阻止することはできないだろう」
「反撃は誰がやるんだ?」
「私と、ミトナかアルトナのどちらかとだ。状況に応じて声をかける」
徐々に『脅威』に近づいているのを感じる。緊張して、手に汗がにじむ。
「ミトナ?大丈夫か?」
「え?あ…」
アルトナが私の緊張を見透かして声をかけた。
「らしくねえよ、俺がまあまあ慌てて叩き起こしてもさっきまでぼうっとしてたのに」
何か反論しようとして、私は口をパクパクさせたが、全て本当のことなので言葉は一切出てこなかった。
「大丈夫だったって言えるように戦おうぜ」
なおも前から風は吹き、しかもより一層臭いが強くなっていたが、いつの間にか気にならなくなっている。
魔王がぴたりと足を止めた。
「あれが我々の相手だ。見えるか」
最深部で蠢くそれは、醜悪な色をしていた。無数の紫の管が絡まりあって球になったような形状で、そこから発せられる不快な鈍い音が私たちの腹の底に響く。
こんなものに類する存在に、私たちは会ったことがなかった。




