8.城内
「ほらよ…ここがスノッリだ」
山賊の親玉が言った。
出発から2日目。
高い建物の数々に、白く長い城壁。
聳え立つ城門の威圧感。
さすが中央都市。
驚いて呆然としていると、そんなはじめましての多い私を山賊たちが見守っていた。
「俺たちも初めて見た時度肝を抜かれたぜ。自分の住んでる町がこんなに凄まじいなんて、ってな」
その気持ちはよくわかる気がする。
何者に対しても動じない、ただ面積だけではない大きさまで感じ取ることができるほど、存在としても巨大だ。
「じゃあな。運がよけりゃまたどっかで会えるさ」
親玉は懐かしさに別れを告げるようにそう言って、他の山賊たちと共に私たちに背を向けて山を降りていった。
「通行許可証はお持ちですか?」
「はい」
私とアルトナは揃って荷物から通行手形を取り出す。
満面の笑みの私とやれやれ顔のアルトナが城門を通過する。
「うわあ…建物が全部大きい…」
「改めて見ると圧巻だな」
石造りの建造物が並ぶ。色味は大体赤よりの焦げ茶で、よく見ると壁の筋交いの向きが一枚の壁で異なっていたり、乱雑に生えていそうな蔦ですら、よく見ると丁寧に切られている。
空が信じられないくらい青く見えた。
感銘を受けていると、横からおい、と声をかけられ、びくっと震えて首を勢いよく向ける。
「観光もいいけど、ここで何をするか覚えてるよな」
「も、もちろんですよ」
明らかに動揺した私をなだめる様にアルトナが質問する。
「お前の兄さんのことを調べるんだろ?」
「はい!」
「じゃあどこに行くんだ?役所か?」
「いいえ、もっとちゃんとしたところです」
私たちは町の最奥部の城壁の前に立っていた。
「ここですよ、ここ」
「お前の兄についての情報何も知らねえけど、多分やばいやつだったってことは分かるよ」
王城前。
居並ぶ衛兵に、白亜の壁。なびく赤い旗には国章が描かれている。
青い屋根は空と混じりあわずに見事に城の色味と融和していた。
「途中で役所に寄ったから何かと思ったら、入城許可とってたのかよ」
「面会許可ですよ!王様に直接聞きたいことがあるので」
「会えるのかよ…こんないきなり来て」
「分かりません。でも、絶対に聞きたいことがいくつかあるんです」
アルトナはまた口を開こうとしたが、私を見て黙って口を閉じた。
今は門衛に面会書を渡して、返事を待っている状態だ。
暫く二人して押し黙っていると、門の向こうから豪奢な鎧の騎士と、濃い紫のローブを纏った役人らしき人がやってきた。
「審査をいたします故、お入りください」
その声とともに、私たちは入っていった。
流石に中は、今まで見た町のどこよりも豪華だった。
透明な鉱石のシャンデリア、赤いカーペット、左右の螺旋階段、均等に曲線を描く壁にはドアが取り付けられている。私たちは円形のホールに通された。
端から3番目のドアを通り、その先の面会室に招き入れられる。
私たちは黙ったまま、騎士と役人についていく。
「こちらになります」
騎士がドアを開け、椅子と机と暖炉だけの簡素で殺風景な部屋が見えた。
「王に面会する前に、素性を問いただすのがこの城の常でして」
役人が弁解するように言う。騎士の表情は少しも動かなかった。
アルトナはいぶかしげな表情を浮かべて様子を見ている。
「では兵士長、外で見張りを」
「はっ」
返事とともに、騎士は一礼して外に出てゆく。
ドアが閉まる音がして少し経つと、椅子に座るよう促される。
「私は大臣のレーグと申します」
……この国の大臣。
裏で王室を乗っ取ろうとしているのがこの男と聞いて、私たちは姿勢を正した。
「……まず、お二方に聞きたいことがあります」
大臣があらかじめ用意されていた書類を手に取る。
「あなた方が、宿を焼いたとの報告が数件寄せられています」
「え?」
「は?」
同時に声が出てしまった。宿が焼けた原因には心当たりがあるが、むしろ阻止した側だ。褒めろとは言わないが、罪人とみなすのは大きく事態を取り違えているのではないだろうか?
「かつ、山賊と行動を共にする姿を見たとの報告が多数ありました」
はい。それは言い逃れできません。
というか、新たな山賊を生み出しているのはあなたでは…?
相手の顔を見た。嘘をついている時の顔だろうか…いや、まだ判断するには早い。
アルトナをちらっと見ると、きょとんとした顔で話を聞いている。山賊の件にも動じていない。
やはり旅に対する経験値が違うんだと痛感した。
「聞こう。そなたたちが宿を焼き、山賊と行動を共にしたのか?」
「いいえ」
「心当たりないです」
しばしの沈黙。
「正直には申さぬか…」
一番の嘘つきに言われても困る。
「とにかく、そうした嫌疑のあるものを王に会わせるわけにはいかん。」
「どうしたら会えますか」
こんこん、とドアをノックする音が聞こえる。
そのまま大臣の返事を待たずに少年が入ってきた。
「大臣、そろそろ学問の時間ではなかったか」
「王子よ、もうしばしお待ちください」
王子と呼ばれた人物がドアの前に立っている。
黒髪の下から覗く綺麗な緑の目と、上質な素材の白い法衣を纏った姿は、すでにすれ違えば必ず振り向くほど威厳があった。
「何があったというのだ、兵士長までつれて随分仰々しいではないか」
「いえ、王に面会したいと申す者が現れたのですが、その者たちがある事件の犯人ではという嫌疑をかけられている人物だったのでございます」
「ほう……」
王子は呟いて、こちらを見た。アルトナはなぜか纏う空気が少し和らいでいるように感じた。
「……ではこうしようじゃないか」
がちがちに緊張している私とかえってリラックスしているアルトナを見ながら、王子は話し始める。