79.眠り
ぎりぎりと重い音がして、扉が開く。その中は広い空間になっており、何人かの重装備の兵士が部屋の奥の何か結晶のようなものを守っている。
「あそこだ」
敬礼する兵士たちに少し距離を取らせて、魔王は結晶の近くに歩み寄った。
結晶は薄紫の淡い光を帯びている。
その内側にいたのは、目をつぶった勇者、自分の兄だった。
「これは…」
私たちが言葉を失っていると、魔王は結晶を見ながら語り始めた。
「そもそもの問題については、順調に話が進んでいた。魔王領から人間領に橋を作るという件に関しては、どこから話が漏れたかは分からないが、あくまで計画でしかなく、勇者が何もせずともこちらから赴いて人間側と相談するつもりであった。問題はそのあとだ」
魔王は私たちのほうをゆっくりと向いて告げる。
「この魔王城は伏魔殿なのだ。地下には『悪意の根源』が眠っている」
「ここに…?」
思わず口走ったガイレルに、魔王が視線を向ける。
「…森長の弟子だな。話には聞いていたが…悪意の根源について知っているようだな」
「ボク達人間の世界では『脅威』という名前で伝わっているけれど、どこにそれがあるかは知られていない。森長も知らなかったし、学者の間ですらも『脅威』は過去の存在としてしか知られていない。『脅威』について、それはあらゆる古い生物の悪意を栄養にして生まれ、自分で膨れ上がるというふうに言われている」
一息に語り終えた後、ガイレルは驚いたように呟く。
「ここにいたなんて」
「そうだ。『脅威』は地中深くに封じられ、ランダムに暴走してはそのたびに甚大な被害を出す。再び封印するまでに何人もの犠牲を出すのが常だ」
魔王は深く息を吐いた。
「勇者が来た時、丁度暴走が始まった。私と勇者とで脅威に立ち向かい、他の者たちには自分の身を守らせた。それまでの経験から、人数が多い状態で封印に取り掛かるのはこちらの被害だけが大きくなると分かったので、我々だけだった。死闘の末、勇者は自分の魔力の大部分と引き換えに…ここでは『脅威』と呼ぼうか、それを封印したが…『脅威』は最後のあがきとして、封印魔法を部分的に反射した。魔法は勇者を直撃し、勇者自身を封印することになった」
魔王は手を触れようとしたが、光線と電撃の音が走って結晶に拒まれた。
「勇者をよみがえらせるには、ただこの結晶が解けるのを待つほかない。他の術師が封印解除の魔法を使うのを待つことは現実的ではないだろう」
「この状態って…魔力が凝固しているみたいですが、勇者が死んだりすることはないんですか」
「封印魔法を解いた状態のものが死んでいた例はない。無事ではあると思うが、蘇るには数千年がかかるかもしれぬ」
私たちを見て、魔王は告げる。その声は少し沈んでいるようだった。
「私から言えることはこれだけだ」
それから私たちは、一つの大きな客室に案内された。
体に疲れがあるだけでなく、疑問も山のようにある。
全員がしばらくの間頭を抱えた後、アルトナがやっと口を開いた。
「えっと、話をまとめようか」
口を開かず、体と視線がアルトナに向く。
「ミトナは勇者の妹で、兄を探しにきた。兄の勇者は魔王に、人間領と魔王領の橋について尋ねに来たが、勇者は『脅威』との戦いの最中に封印された…こういうことでいいな?」
「そう…ですね」
シラナが呟く。回らない頭をなんとか動かして口を開いているようだ。
「ミトナさんが自分のことを話せなかったのは、そういうことだったんですね」
「うん…ごめんね」
「いえそれは、本人にどうにかできることではありませんから」
沈黙がしばらく積もり、再びアルトナが話し始める。
「ミトナは多分、兄の封印を解きたいだろ?」
「それは…」
口籠もる私を見て、アルトナは呆れたように微笑んだ。
「ここまでお前を見てりゃ、それくらいなんとなく分かるよ…でも、どうすればいいかは分かんねえけど」
「すみません…」
「…いいんですよミトナさん、今まであなたに助けられたんですから、助けさせてください」
萎縮する私に、シラナが柔らかく声をかけた。その声に安心して、私は自分の後ろの寝台に仰向けに寝転がる。
「寝ようぜ。ひとまず今は次起こることに備えよう」
アルトナの言葉を最後に、私の意識は遠のいていった。
同日の深夜、城中が大きく縦に揺れて私たちは目を覚ました。




