78.口火を切る
その空間だけが異様なほど重苦しかった。
長い道の先に座る姿は巨大で、立てば私の倍ほどの高さになりそうだった。
「私の前に」
声は暗く低く、覇気を纏っていた。
魔王に手招かれるまま、私たちはおずおずと前進する。
「何用だ」
赤い皮膚に、四本の腕。黒い鎧にマントを着て、仮面をつけている。圧だけで潰されてしまいそうだ。
私は深く一つ息を吸ってから、話し始めた。
「五年前、魔王様が魔王領と人間領の間に橋を架けようとした、という話が広まりました。その真偽を確認するために、勇者が人間領を出て、魔王様のもとを訪れたのです。ですが勇者は人間領を出た後に消息が途絶えました。魔王様なら、何か勇者の消息を知っているかもしれないと思ってきました」
返答はなく、静かだった。なにか言ってはいけないことでも言ったかと、これまで以上に緊張する。
「…貴様は何だ」
「え?」
思いがけない質問に戸惑っていると、魔王は言葉を続ける。
「ただの人間の少女がそのためにこの土地に来るとは思えん。勇者に大きな恩があるか、その親族か、またはほかの要因で勇者の存在を必要としている者か」
「私は…」
ぐっと喉が固まる。血によるものではないはずだ。
それでも、言うべきだ。口にしなければならないことだ。
「私は、勇者の妹です」
私の後ろからは声は聞こえない。どんな反応をしているのかは分からない。
「そうか…」
魔王は厳かに左腕をあげて、私の背後の仲間たちを指さした。
「君たちはどのような理由で、この者についてきた?」
「俺たちか?」
アルトナが問い返し、魔王がゆっくりと頷く。
「性格を信用してついてきたんだよ」
「性格を…?」
恐らく怪訝な表情をしている魔王の返答に、アルトナが頷く。声の調子は普段と変わらない。
「性格だ。利害関係も大事だけど、それだけじゃここまではついてこないだろ」
何か思案した後、魔王はゆっくりと立ち上がった。
「勇者の妹、と言ったな。兄に会いたいか」
「…はい」
私たちを通り過ぎて、巨大な背中を見せて言った。
「会わせてやろう」
私たちは魔王の後ろについて玉座の間を出て、そのすぐ隣の扉の奥の階段を下る。
途中で、兵士が護衛につこうと歩いてきたが、魔王は構わないとそれを断った。
「いいのか?俺たちと会うのは初めてなんだろ」
「初めてではあるが、勇者の妹とその一行であることは分かる。…これまで勇者の妹が正体を明かさなかったのは、信頼の有無の問題ではなく、単に血に刻まれた呪いによるものだ。勇者やその血筋の者は、魔王の前でのみその正体を明かすことができる。魔王も同じではあるが、魔王が世襲制である以上、口にせずとも魔王であることは示される故、その呪いには意味はない。だが…」
私に少し視線を移した後、すぐにまた前を向いて呟いた。
「貴公の血は、勇者のそれでこそあるが、性質が異なるようだ。どのように異なるかは分からないが」
やがて私たちは地下室についた。鉄の扉があり、奥から空気が流れる音が聞こえる。
「ここだ」
魔王は扉を開けた。




