74.刺さる
道を教えてもらいながら馬車を走らせる。もうすでに背後から追手は迫ってきている。
「カラギさん!このまま逃げ切れますか!?」
「今のままでは追いつかれます!」
「でも、これ以上は速度が…」
馬は既に屍となった馬で、持久力は通常人間が目にする馬よりも遥かに高い代わりに、あまり加速できない。一方、追手の先頭の集団は鎧に身を包んだ鉄鋼騎馬に乗って馬車に容赦ない攻撃を次々に繰り出してくる。すぐに終わらせるつもりらしかった。手綱を握る手に無駄な力を入れないのにも気持ちを集中させなくてはならない。汗が首や額から落ち、風に飛ばされる。
「替わってください!私が馬車を動かして魔王城に向かいます!シラナさんは追手の攻撃から馬車を守ってください!」
「分かりました!せーの…」
一瞬だけ手綱を離し、私は御者席から立ち上がる。幌には穴が開いて、もうそろそろ荷台がむき出しになりそうだった。
騎馬の奥から火炎が蛇となって一直線に私に迫ってきた。火の蛇は私が前にかざした手の前で真っ二つに裂け、両側からたちまち幌を焼き尽くした。
「獲物どもが…!骨も残らず魂魄の一かけらまで消し飛ばしてくれるわ!」
私の檻車の近くにいた魔法使いが、馬車のすぐ背後にまで来ている。炎に照らされて、引きつった表情がより醜悪に見えた。
私の手は焼けた直後にたちまち再生する。回復量を保ち続けなければ私は壁の役割を全うできず、私たちは全滅する。今は回復速度のほうが魔法での損傷速度を上回っているが、集中力が途切れてしまえばどうなるかわからない。
何よりもカラギさんに魔法や武器を当てられるようなことがあってはならない。どちらかに異常があれば、もう片方も無事では済まないだろう。
道は狭くなり、馬車の側方からの攻撃はなくなったが、背後からの炎が周りの木々も燃やしていく。
「広い道に出ます!」
私はそういわれても振り向けなかった。辛うじて、大きい声で返事をしただけだ。回復以外の魔法に割ける集中力はない。
馬車が大きく揺れる。同時にカラギさんの詠唱が成功して、馬車の幌が再び蘇った。
「すいません、一回しかつかえませんが…」
「助かります!」
私はもう一度背後に向き直った。騎馬の後ろに、さらに騎馬が増えているように見える。それをよく見ようと私は身を乗り出した。
後ろで、騎馬が叩き落されている。騎馬を殴った男性の姿も、そのすぐ後ろで馬を駆る少女も見覚えがあった。
「ミトナさん!?」
「シラナ!」
魔法使いは自分の背後で起きた異変にすぐに気づいて速度を上げる。
「馬車の横につけ!簡単に遠距離攻撃をさせるな!」
二十騎の追手が徐々に馬車を囲む。いよいよ攻撃は苛烈を極め、背後以外のあらゆる方向から槍や炎が迫る。カラギさんにも危うく槍が迫るが、体を滑り込ませてどうにか防いでいた。
ミトナさんたちも騎馬隊と私たちを追っているが、距離が遠いうえに遠距離攻撃も難しいため、うかつに手を出せない。
私が守り切るしかない。
「面倒だ!全方向から同時に槍を刺せ!」
魔法使いが手を上げ、周りの騎馬隊は槍を一斉に構える。
まずい。
このままでは守り切れない。
「いいですか、絶対に振り向いたりしないでください。ただ、手綱を握って魔王城まで向かってください」
「…シラナさん?」
「刺せ!」
私は目の前の背中に覆いかぶさり、一心に槍を受けた。体中を冷たい激痛が巡る。
「っあ…」
槍が刺さったまま体が再生して、私の体に槍が埋まる。声が出なくなる。
「何をしている!第二激の用意をしろ!」
「こっち向けウスノロ!」
アルトナさんが既にすぐ近くまで来て、騎馬と交戦していた。兵隊は槍を失ったところに殴りこまれて混乱し、続々と落馬してゆく。
魔法使いは忌々しいと言う代わりに右手から炎を放ったが、近くの森から飛んできた石が右手を直撃して術式が中断された。アルトナさんは剣の鞘で魔法を防御している。
「大丈夫ですか、シラナ」
ミトナさんが減速した馬車に並走して声をかけてきた。うつ伏せに倒れる私から、痛くないように槍を引き抜く。
「君たちは先に森を抜けろ!この屑は私が消し炭にしてくれる」
聞きなれない男性の声とともに、再び背後で炎が舞う。
「こうなれば貴様だけでも葬ってやる」
魔法使いはそう叫んだ。それ以外の声は何を言っているのか聞き取れなかった。
「無理しないで」
ガイレルさんの声が聞こえた。低くて穏やかで、淡々とした声が最後の音だった。私は一気に深い眠りについた。




