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勇者の妹  作者: 虚言挫折
第五章・魔王領
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73.願いと引力

番人がやってくる。私は目を閉じたまま、その場に横たわっていた。

「おい、朝飯だ。…人間はまだ寝ているようだな」

カラギさんは私を揺すってささやく。

「朝だぞ、人間。早く起きないと飯を食えないぞ」

私は応じない。カラギさんは再び私を揺する。

「人間。起きろ」

返事をしない。カラギさんが私の手首に手を添え、耳元に口を近づける。

「すぐに検死が来るはずだ。呪文をかけるぞ」

体中が凍り付いたような感覚に包まれながら、私は小さく頷いた。

彼女の声が朧げに聞こえる。

「死んでる」

「…なんだと」

「死んでるんだ。息をしていない」

番人がほかの誰かに大声で命令をした。そのまま一気にあたりは騒がしくなる。

「どういうことだ…なぜ死んでいる!」

「なぜも何も、この環境で魔族ならともかく、負傷した人間が長く持つはずがないだろう」

カラギさんは淡々と告げる。私にささやいた時とは明らかに違う、冷淡な声だった。

「人間では…どうにもならないに決まっている」


「私が死んだふりをすれば、私は外に捨てられるはずです。一人で行動できる時間に私が馬車か何かを盗んで、一緒に直接魔王様の城まで向かいましょう」

「…無茶だ」

カラギさんは言った。私も内心では同じ意見だ。

「ここがどこかは分かります。魔王城から随分離れている場所で、到着まで二日はかかるはずです」

私はカラギさんに目を見られた。

「あなただけ、逃げてください。私の立場は人質ですから、まだ安全なはずです。しかしあなたはこの土地の外から来た人間です。このまま真実の軍が放っておくはずがありません。ですが、魔王のもとに辿り着けば匿ってくれるはずです」

「で、でも…カラギさんも一緒に逃げても」

私が食い下がると、カラギさんは首を横に振った。

「逃げている最中に、私の分の手間までかけさせるわけにはいきません」

行きたくない、という言葉を飲み込むように、彼女は笑った。

「今日はもう寝ましょう。私のことは大丈夫ですから」

横たわった床は冷たかった。背中を寄せ合ってもまだ少し冷たいままで、緊張して眠れなかった。

「まだ、名前を聞いていませんでしたね」

「私はシラナです」

「シラナ。あなたの仲間のこと、聞かせてくれませんか」

私は背中のぬくもりを感じながら、みんなのことを話し始めた。エミイのこと、ミトナさんのこと、エシトラ様、アルトナさん、ガイレルさん…。話すうちに寒さを忘れてしまう。

「…いいなあ」

話し終えたとき、ふとカラギさんが呟いた。

「え?」

「いや、私にはそういう仲間がいないから…羨ましくて」

声は寂しそうに跳ね返る。背中が動いて、息を吐き出す音が空しい。

「私は魔王の跡取りとして、厳しく育てられた。子どもの時から今まで、激務に追われ続けていた魔王にはきっと、私のことなど見えていなかったんだ」

「カラギさん…」

「母も早くに亡くなった私には、私を想ってくれる親などいないんだ」

細い声で、私の胸の内まで締め付けられる気持ちになる。

「でも…きっと不器用なんだと思いますよ。分からないんだと、思います」

「そうかなあ」

檻車に乗っていた時の覇気とは全く違う、実際の年よりも幼いカラギさんの表情を思い浮かべてしまう。

眠れないまま、私は目を閉じる。カラギさんは寝息を立てていた。

「お父さん…」

そういう寝言が聞こえて、私はますます強く目を閉じた。


「死んでいるようだ」

私の脇腹に激痛が走るが、体は動かない。広場の土の上に私の血が広がる。

「こいつは塔の裏に捨ててこい」

私の体は仰向けに引きずられ、暗い場所に引きずられてゆく。

「よし、ここだ。捨てたら報告して、巡回に戻るぞ」

四角く掘られた穴の中に投げ込まれる。ほかのゴミがクッションになって私の体を受け止めた。

足音が遠ざかるのを待って、私は背中を治癒して起き上がる。穴はそこまで深くなかったため、すぐに抜け出すことができた。

ここに運び込まれた時の記憶を頼りに、壁沿いを伝って歩く。

途中で例の魔法使いの近くを通り過ぎた。私が死んだという報告を受けて、カラギさんをすぐに運び出して交渉に向かうらしかった。

馬車が列をなして止まっているが、見張りはそう多くない。アルトナさんなら集団での連携がなっていない、と怒るかもしれない。私は荷馬車の荷物の中に紛れ込んで様子を探った。荷馬車は檻車の近くを移動するはずだ。

「おやおや、大人しいな」

背後から魔法使いの声が聞こえて肩が震える。しかし、私に対してではないようだった。

「ふむ、一緒に閉じ込めた人間とそんなに仲良くなったか」

「カラギさん…?」

檻車は荷馬車の近くどころか、真後ろだった。ますます慎重になって息をひそめる。

馬車がゆっくりと進み始める。荷馬車の点検もあまり厳しいものではなかった。

森に差し掛かったらしく、列はいくつかに分かれた。荷物の隙間からわずかに見える檻車は、変わらず荷馬車の後ろにいる。

私は重く小さい荷物を持って御者の背後から迫り、勢いよく荷物を叩きつける。短く鈍い声を上げて、御者は転げ落ちた。

「ん?」

魔法使いが真っ先に異変に気付くが、その時にはすでに馬車が檻車の横にぴったりついていた。

周りの騎士たちを馬車の重量で弾き飛ばし、魔法で檻車を破壊する。

「き、貴様!?死んだのではなかったのか!?」

憔悴する魔法使いから守るようにカラギさんを引っ張り、馬車に乗せる。

「敵襲だ!敵襲!人質を連れ去られるぞ!」

怒号が響く中、カラギさんは私を困惑したように見る。

「な、なんで…私を」

「ほんとはお父さんに会いたいんじゃないですか?」

私が聞くと、カラギさんがはっとした表情を浮かべた。

「このまま、逃げ切りますよ」

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