72.相違点
『真実の軍』本部は台地の上に建てられた古く厳しい城だった。もうすでに夜になり、辺りが暗くなってきた。魔王の領地でも、夜は紺色になるらしい。松明の光があちらこちらで揺れている。
私の乗っている檻は乱暴に下された。
「痛っ…」
背中に走る痛みを覚悟しながら土を感じ取る。思っていたほどの痛みではなかった。
「ひとまずお前たちは同じ牢屋の中に収容する。人間の方は翌日には処分を決定し、魔王の娘は魔王の動向次第で処遇を決定する」
魔法使いがニヤニヤしながら私たちに告げる。
「もしかすると、人間の仲間がどこかに潜んでいるかもしれん。そいつらを炙り出すために死体を吊し上げておくというのも悪くない」
「外道め」
カラギさんが魔法使いを睨む。嘲笑を浮かべる魔法使いは、手でわたしたちを連れて行くようにと合図を出した。騎士二名が私たちの拘束具に繋がった鎖を乱暴に引っ張って歩き始める。
門を通り、中央の建物に入る。上階への階段と地下への階段があったが、上の階に行けば行くほど身分は高くなるらしく、私たちに用がある場所とは思えない。私たちは地下牢に連れて行かれ、同じ牢に叩き込まれた。
「まずはここにいろ。どうせ逃げることなど出来ん」
騎士たちが階段を登る音が次第に小さくなり、やがて聞こえなくなった時、カラギさんが私を見て言った。
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
私の返事を聞いて、安心したような不安なような、なんとも言えない表情を浮かべた。
「背中は痛みますか?」
「少し…」
カラギさんが不満そうに私を見る。どうやら信用されていないと思ったらしく、私に聞き返す。
「少し?痩せ我慢しているなら…」
「いえ、本当に少しなんです。不思議と痛まなくなって」
「背中を見せてください」
私が後ろを向くと、カラギさんは驚いたようにため息をついた。
「先ほどまで確かにあった傷が…なくなっています」
「え?」
私は自分の手で背中を触った。背面の布はもうボロボロになっていてほとんど残っていなかったので、すぐに自分の肌に触れることができた。すべすべしていて、予想していた痛みもない。
「こ、これは…?」
「何も心当たりはないのですか?」
はい、と返事をしようとして、ふとある可能性に思い至った。
「あの…私の仲間が『覚醒』という状態になることがあるんですが、ひょっとするとそれかも…」
カラギさんが驚いたように私を見る。
「覚醒…ですか?」
「確証はないんですが…。覚醒した人はみんな、凄まじい能力を発揮します。少なくとも私が見てきた人はみんなそうでした。…私もおんなじとは、思わないんですが…」
視線を逸らして自信なく答える私に、カラギさんは重ねて聞く。
「覚醒した人には固有の能力があるのですか?」
「それは…分からないです」
「でも…以前にいきなり傷が治るようなことはなかったんですね?」
「はい…あ、私の話では無いんですが」
私はアルトナさんのことを思い返しながらぽつりぽつりと話し始めた。
「覚醒した状態で悪魔を倒す時に、通常では考えられないほど負傷して戦っていた人がいます。回復魔法もかけられ続けてはいましたが、それだけでは説明がつかないほど傷ついていました。…覚醒する時に、体が回復するようなことはあるかもしれません」
私の言葉をじっくり聞きながら、カラギさんがゆっくりと口を開く。
「ダメージを受け続けなければ体は回復し続けるのですか」
「いえ、あとから聞いた話をまとめると、どうやら覚醒の時に身体能力が上昇する場合には自己回復が難しいようなのです。覚醒する瞬間にだけ回復し、継続して回復し続けることはないということです」
「逆に、身体能力が変化していない場合は回復し続けることが覚醒する時の効果と考えられる、ということですか」
「あ…」
なぜ見逃していたのかわからないような可能性が、唐突に浮かび上がった。気づいた私に、カラギさんは微笑む。
「だとすると、それがあなたの覚醒時の能力と考えて間違いないと思います」
私はもう一度、アルトナさんの姿を思い出した。
「考えがあります。うまくいけばここから逃げ出せるかもしれません」




