7.山賊
「おそらくここからは狭い山間の道となるが、普通より近いであろう」
親玉は先頭で道を指し示す。その通りに進むと、言うとおりの道になっている。
何度か魔物に遭遇した。草原に潜むグロテスクな模様の大蛇や、垂らした雫がそのまま大きくなったような様相のスライムや、より大多数で襲い来るオークの群れが遠くから襲い掛かってきた。
しかし、そのたびに山賊が数の暴力や高度な集団戦法によって追い返すので、私たちの出番はほとんどなかった。おまけに、親玉も優れた剣術でまったく敵を寄せ付けない。
涼しげな山林に入ったところで小休止を取る。
予定よりも若干早い速度でスノッリに迫っているので、ゆったり進めそうだ。
「…あんたさあ、こんなに有能なのに何で山賊なんかやってんだよ」
アルトナが聞く。私もそこは気になっていた。
「まあな、いろいろあるんだけどな…簡単に言うと、クビになったのさ。しかも当時の大臣が俺に自分の汚職の罪までかぶせたのさ。それで数人の部下と外に出てきて、この国内をうろうろしてんだよ」
「大臣に…」
「そうさ嬢ちゃん、まあ国を動かすってのはいろいろあるもんだ。でもな、池とおんなじさ。いっつもケツの軽いやつばっか残っちまうこともあるのさ」
壮絶すぎるのでは、と驚いていると、そんな表情を見て親玉はふっと笑った。
「俺より大分荒くれてた奴がごまんといるさ。皆気に食わねえのさ。大臣がな」
「あんた…役職はなんだったんだ」
「王族警護第三部隊長ってやつだ。大した役回りじゃねえよ」
王族警護第三部隊長。
王の身辺の警護を担当するエリートであり、冷徹さと知性を兼ね備え、魔法にも長けた万能の私兵隊。
一般人とは会話すらできないとされている。
「え……ほんとですか」
「ほんとさ。俺は当時魔法がダメでな。でも運よく王子の護衛についてから王子に直接教えてもらったんだよ」
経歴が予想の斜め上過ぎて心底驚いた。
しかもなぜそれを平然と話せるのか、そういうところの底知れなさを感じ取って身震いした。
「スノッリの大臣は随分信頼されてないんだな。あんたみたいなやつもやめちまうなんて」
「俺の素行も悪かったのさ。今のざまみてりゃ分かるだろ。…もうこんなんじゃ、王子に顔向けできねえよ」
親玉はきまり悪そうな表情を浮かべた。
時間に熟されたもの悲しさを感じた。
崖の上の道を通っていると、眼下に人の列が見えた。
「…あれは…」
「親分!お二方!あれが大臣です!見つかるとめんどくさいから隠れてください!」
ばっと伏せる。統制の取れた山賊たちも素早く伏せる。
「んん…ここのあたりか、洞窟とやらは」
聴覚補助の魔法を使うが、距離のために極限まで能力を引き上げてもわずかにしか聞こえない。
全員が息を殺して話を聞く。
「ええ、そのようでございますが…なんでも怪物が出るとかで話題だそうです。民衆の不安を煽るので早急に私兵軍を派遣して様子を見るべしとのことでしたが」
「知ったことか!私に被害がなければ放っておくまでだ!」
「そうおっしゃると思いました」
山賊全員が体中から怒りを放つ。
「ああいうやつだ、自分の立場も分かってなければ他人のことも興味がない。自分のくだらない利益さえ守ってたらいいって人種さ」
親玉が吐き捨てるように言う。
「いいか、そもそもこの議会において唯一の明確な敵は王子のみだ。そこさえ何とかなれば私は国を支配できる。そうして、愚かな王をそそのかして退位させ、私が教育係をしている第二王子を即位させるのだ。」
あまりの発言に唖然とする。そして、これをここまで堂々と言い放てるということは、きっと国の中枢部に彼を止められる人間がいないということなのだろう。
「この腐敗しきった国家を、世界を変えられるのは私だけだ。魔王を討伐せねばならぬ!奴は勇者一行が和平交渉などできる相手ではない!」
私の体がびくっと震え、硬直する。
兄のことを知っているのだろうか。必死で耳を傾ける。
「そうでございます。なぜたった四人で向かわせたのでしょうか」
「考えていることがあまりにも非効率なのだ。真に生産を上昇させ、プライドを取り戻すために必要なのは、統治でも平和でもなく侵略だ。唯一にして最大の帝国。国家の王たる国。そこに君臨する私!甘美な響きだ。」
アルトナがぎりぎりと歯ぎしりする。その様子を親玉が見て、ぼそりと呟く。
「やっぱりあんたら、大臣の手のものじゃなかったのか…」
「全く、凶悪な早とちりがあったもんだな。」
大臣が再び話し始める。
「人間と魔物など、共存できるはずがない。あ奴らを攻め滅ぼすまで、私は安心もできぬ」
「すぐ近くにも、安心できないことはございますな」
「そうだ。私の配下が何人か行方不明だ。あの役立たずどもが…」
「大臣、そろそろ行きましょう。面会です」
「うむ。早急に片づけて即位の準備をせねばならんな」
人の列は通り過ぎて行った。
私からすればあの大臣は、早くも嫌悪の対象だった。
「にしても…まさかあんなことを考えていたなんて…」
私は驚愕の吐息とともに言葉を漏らす。
「ああ、ここで聞けてよかったよ。…急ぐ必要がありそうだな」
山賊たちから、ただならぬ空気が押し寄せてきた。
「野郎ども、進むぞ。あいつこそが本物の山賊だ。やつをねじ伏せん事にはあらゆるものが終わってしまう」
親玉は声をかける。
一斉に全員が立ち上がり、再びきびきびと歩き出す。