68.おさらい
「騎兵が帰ったぞ!」
カロの姿を見た見張りが声を張り上げる中、私とアルトナは外壁の足元の茂みに姿を隠していた。
「止まれ」
外周で見回りをしていた兵士が一斉にカロを取り囲む。
「…まだそんなに大勢は集まってないな」
「もう少し待ちますか?」
「いや、侵入しよう」
予兆なしに動き始めたアルトナに、私は慌ててついていく。西側の門を守っていたはずの兵士はカロが帰還したのを見に行っていなくなっていた。
「こんなに簡単にいなくなるなんてラッキーだな。用心しろよミトナ」
「はい。あと、動くなら教えてください」
私の要望を無視して、アルトナは物陰を伝って移動してゆく。私は自分がそそっかしいことをなんとか忘れようとしながら後を追う。
「貴様は規律に違反した!これより『処罰』を開始する!」
その声がかすかに聞こえた。カロの返答は聞こえなかったが、相手を怒らせるには十分なものであるはずだ。
「上手くいってるといいが」
建物内の流れはカロのいる南の門に向かっているように見える。
「まだですか…?」
「まだ待て。こういうのはタイミングだ」
アルトナは冷静に答えた。私は飛び出したくなる気持ちをぐっとおさえた。
「もう少し大勢を引き付けてくれたら俺たちもここから馬小屋まで向かえるんだが…」
そこまで言って、アルトナはぽんと手を打った。
「よし、決めた。お前はここにいろ。煙が見えて兵士がこのあたりからいなくなったら馬小屋に向かえ」
「え?それは…危険すぎるんじゃ…」
耳を疑うような作戦がいきなり飛び出して、思わず大声で驚きそうになる。しかしこの青年の青い目はイタズラっぽく輝いていた。
「当然危険だが、そうでもしなきゃケリがつきそうにない。俺は司令官を引っ張り出すから、その隙に馬をなんとかしてくれ」
「な、なんとかって…」
「それじゃ、頼むぞ!」
アルトナは私の返事を待たずに駆け出してしまった。生き生きとしながら無茶を実行しようとする、投げられた槍のような戦い方は私には真似できそうにないので、大人しく機械を待って茂みに隠れ続けるしかなかった。
ミトナと別れてからすぐ、俺は敵兵に発見された。予想通りだった。歩兵ばかりで騎兵はいない。振り切れる。
背中に飛んでくる矢に視線を向けずに振り払い、中央の塔まで一気に駆け出した。そこまで向かえばミトナが馬を盗む時間は十分あるはずだ。
この作戦の要は兵士を分断することだった。ここでいう分断とは、均一に敷地内に兵士を配置されるような状態ではなく、ある程度纏まった数の兵士が間違った方向に向かうことを指す。集団に背中を追いかけられなくては意味がないが、今のところ敵兵は狙い通りに動いている。
「振り切るだけならよかったのに」
速度を上げてたちまち塔の門に着く。鞘に入ったままの剣を薙いで、二人の門衛の意識を飛ばす。塔を登る手段は古い螺旋階段しかないらしく、上からぞろぞろと兵士が降りてくる。そのうち下からも追いついた兵士が登ってくるだろう。それまでになんとかかたをつけなくてはいけない。
「敵襲!人間一匹だ!」
降りてくる軍団の先頭の兵士が叫ぶ。半獣の兵士がほとんどのようで、黒い甲冑の隙間からたてがみやら顎髭やらがちょろちょろ覗いている。
鞘で叫んだ兵士の腹を突き、その気絶した体を盾がわりに背負う。あとは走るだけだ。あんな軍規だから気絶した奴を殺してでも攻撃してくるかと思ったが、案外そうでもないらしく追いかけてくるだけだった。
上からまた兵士が降りてくる。さっきより数は少ないが腕っぷしは強そうだ。
「何の用だ、侵入者!」
「俺はここの指揮官に用がある!南門に兵が集まり始めて助かったぜ!」
背負っていた兵士を前に投げ飛ばして隊形を崩し、さらに奥の槍を持った隊長らしき豹の半獣に飛びかかる。
「そんな槍の構え方じゃ笑われるぜ!」
防御する間も無く俺の膝が鼻に直撃し、半獣は後頭部を床に打って気絶した。それを確認して、全速力で最上階を目指す。目的地には瞬く間にたどり着いた。
「お邪魔します!」
大声でそう言い放って塔の頂のドアを開けると、エネルギー弾がいきなり飛んできた。
「さんざん愚弄してくれおって…!」
肉の腐敗した臭いがする、フードのついたローブを着た魔法使いが立っていた。顔は見えないが、声から怒りが伝わってくる。
「指揮官だな?」
「そうとも!我々『真実の軍』に刃向かった者は容赦せん!」
俺はまだ何か言いそうだった指揮官を無視して窓に駆け、そこから飛び降りた。怒りが絶叫となって聞こえてくる。
「馬が馬小屋にいない…あとは俺が指揮官を森に引きずり込めたら完璧だが、追ってくるかな」
杞憂だった。指揮官は自らに蜘蛛の下半身を生やして塔を垂直に降ってきていた。
「よし。あとはミトナがうまいことやってたら作戦は成功だ」
ガイレルが待っている目的地の森は、遠くから見ただけでもすでに異質な気配を帯びていた。俺の仕事は、指揮官をそこに誘き寄せるだけでよかった。




