67.人間味
川は轟々と濁って流れ、しかも止まる様子がない。
「…やはり見つからないな」
カロが呟く。何となく察しはついていたが、諦めたくない気持ちの方が勝った。
「仮にその僧侶が死んでいるとしたら、川に住むものに食い殺される可能性は低い。この急流に体の大きい生き物や肉食の魚が棲んでいるとは聞いたことがないからな。岩に衝突するか、大量に出血するか、溺れるかだ」
「…生きているとしたら、どんな風に見つかると思いますか」
淡々と推測するカロにガイレルが聞く。流石に声の調子が沈んでいる。
「このまま川の中を流されながら生きているとは考えにくい。生きているなら陸にいるだろうが、その場合の所在がどこかは判断し難い。川から遠くまで移動しているかもしれないし、川の近くで休んでいるかもしれない。最悪、人間ということで攫われているかもしれない。その仲間の身体能力などがどれほどのものかまだ俺は知らぬので、推測でしかないがな」
私たちの歩く速度は決して遅いわけではないが、それでも川の流れる速度には敵わない。足取りは重いままだ。
もうすぐ川から離れなくてはいけない。
「この中で馬に乗ることができるものは何人いる?」
カロが思い出したように聞いた。
「全員乗れると思うぞ」
「ならここからは馬に乗った方がいい。仲間を探すにも魔王様に会うにも、早いに越したことはないだろう」
「それはそうだが、どこに馬がいるんだ?」
アルトナに答えるカロが、興奮したように息をしゅうっと吐く。
「俺を見ろ。俺はどこに潜入していた?」
顔を覆う黒い鉄仮面の下の表情は見えなかったが、きっと愉快で堪らないという表情に違いない。
「真実の軍には騎馬隊が存在する」
魔王城への道のりの途中に、古い塔を改築したと思われる真実の軍の拠点があった。外壁と中心の塔で成り立っており、周囲では騎馬一騎と十人ほどの歩兵からなる小部隊が見回りをしていた。私たちは近くの森の中でそれを眺めている。
「最初から我々が建物の中に入るのは不利だな。あの大きさの塔の中で戦い、行動範囲をあの中に絞るのは得策ではない」
「中には何人いるんですか?」
「はっきりとは言えんが、軍を率いるのに慣れている者なら二百人ほど配置しているだろうな」
「二百人か?」
カロの予測を聞きながら、アルトナは塔から目を離さないままで呟く。
「人間なら少ないと思うかもしれんが、俺のような奴、つまりアンデッドが軍を作るときは兵糧の心配がないからな。その分人数は少なくなる。あくまでも予測の話だがな」
ガイレルが後ろを見たまま口を開いた。
「あの、カロが捕まったってことがまだ知られてなければ、そのまま馬を連れてくることが…」
「それは考えたが、真実の軍はやたらと作戦失敗に厳しい。失敗したら最後、下級兵士に取り囲まれて抵抗を許さずに暴行を加えられ続ける。騎馬が一騎いない状態での帰還というだけで軍規違反として失敗扱いだな」
「いやな組織だね」
あまりにも率直なガイレルの感想を聞き流して、カロは私に目を向ける。
「何か考えがあるか?」
「はい。以前にも似たような状況が…三百人の兵士と五十人で戦ったことがあるので」
「あんまりそんな状況は無いが…どうするんだ」
「二百人を分断出来たらと思ったんです。できれば、指揮官を馬のいる場所から遠ざけたいとも思うんですが」
カロは驚いているようだった。どういう理由で驚いているかは分からない。
「森にさえ誘い込めたら、僕がどうにかするよ。ここのことは大体分かったから」
ガイレルが言うと、アルトナも頷いた。
「方策は示されたな。作戦立てようぜ、カロ竜騎兵さんよ」
カロは少し私たちを見てから口を開いた。
「…この立場になるまでに多くの仲間を失ってきたせいか、捨てることが当然になった。だが、君らは君らが人間であることを捨てないんだな」
しゅっと息を吐いて、カロは私に質問する。
「その五十人を率いた指揮官は、他にも少数を率いて多数に勝ったことがあるのか?」
「あると聞いています。人間同士の戦いですが」
骨だけの竜騎兵は諦めたように言った。
「…余程肝の据わった指揮官だな。いいだろう。この際だから人間を信じてみようじゃないか」
その言葉を聞いてみんなは私の周りに集まった。
「では、作戦を説明します。もっといい案が出たらそれを採用します」




