66.黒
シラナが崖に飛び込んでからしばらくしても、私たちは歩き出すことができなかった。
赤い光を帯びた雲が空を覆い夜を呼び寄せる中、私たちは虚ろな顔で焚き火を囲んでいた。
「なんとか…ならないかな」
ガイレルが口を開く。しばらく沈黙が続き、アルトナが答える。
「なんとかしたいさ。…でも、なるのかよ」
「…分からない。信じたくない」
ガイレルは答え、黙ってしまった。全員が同じ気持ちだったが、それを感じ取ってしまうがために各々の無力にどうしようもなく苛立った。
「俺が…俺がもっと、警戒してさえいたら…俺が背負ってさえいれば…」
「もう何回も聞いたよ、アルトナ」
私が指摘するとアルトナは俯き、「そうだな。済まない」とだけ言った。
「こ、ここは…?」
縄で体を縛られた甲冑がようやく目を覚ました。全員が一斉にそちらを向く。
「なんだ、何がどうなって俺は…」
「おい」
アルトナが詰め寄る。
「こうなりゃ全部話してもらうぞ。一つ一つ質問する。それに正直に答えろ」
甲冑は固まった。そして、覚悟を決めたように頷いた。
「分かった。だが…その前に一つ、俺からも聞かせてくれ」
「はい」
殺気立つアルトナが何かいうよりも先に、私が返事をした。
「俺は今、誰かとこそこそと連絡を取る魔法は使っていない。その上で、あんた達がどうして魔王に会いたいのか聞かせてくれ」
「…俺が説明する。何か違ったら言ってくれ」
アルトナがそう言って、私は頷いた。
「勇者は五年前、魔王に会うために人間の領土を出た。魔王が人間の大陸に橋をかけようとしていると聞いたからだ。だが一向に音沙汰がないので、魔王から答えを、そして勇者につながるヒントを得るべく会いに来たんだ」
甲冑は納得したようだった。
「そうか…なるほど、勇者か…」
その様子を見て、私はおずおずと口を開いた。
「あの、私たちからも質問させてください」
「勿論。知っている限りのことを答えよう」
「魔王様にはどうすれば会えますか?」
「俺を魔王城まで連れていけ。そして、全部正直に話すんだ。あんた達の目的や、『真実の軍』と無関係であることを」
「お前を連れていく、だと?」
アルトナが不信感たっぷりに甲冑を睨む。
「どうも分からねえな。お前が魔王との面会で鍵になるとは思えん。面会を果たすという目的のために、お前はどう役に立つんだ」
「…俺は名前をカロという。『真実の軍』に潜入し、内部の情報を探ることが目的だ。普段は死竜の騎兵だ」
「つまり、竜騎兵ってことか」
「そうだ」
竜騎兵は世界でも数えるほどしかいない、最高位の兵士だ。馬より早く地を走り、鳥より早く空を飛び、一騎で戦局を左右するほどの実力を持つ、兵士の頂ともされる兵士である。
「王直々に出向くわけにはいかないので俺一人で潜入し、軍そのものを破壊する使命を負ったわけだが…」
「俺たちに捕まったということか」
「その通りだ。おそらくこれは魔王様も想定していなかった事態だ。例外が発生した場合には速やかに帰還して報告せよと命令を受けている。これ以上俺が潜入するのもリスクになるだろうからな」
ガイレルがカロの縄をほどいた。カロは縄の跡をさすりながら自分の持ち物を確認する。
「馬はどうした?君らの荷物を背負わせておけば楽だろう」
「僕が森につないでおいたよ」
「分かった。今すぐ出発しよう」
カロが言い、アルトナとガイレルが立ち上がる。
「あ、あの」
私が声をかけると、森に向かおうとしていたカロが振り返った。
「シラナは…まだ生きていると思いますか」
「分からん。まずは自分のこれからを重視すべきだ。…助けたいとでも言うのか?」
「勿論、できる限りのことはしたいです」
カロは私に顔を向ける。それから、私の考えを見透かしているような冷たい声で言い放つ。
「いいのか?探しているうちに勇者が魔王様に殺されるかもしれんぞ?ここで時間を過ごすほど、勇者と会う好機が失われるかもしれないぞ」
「…仲間を見捨てるような人間に、勇者が会いたいと思うでしょうか?」
私の言葉を聞いたカロは再び森の中へ歩き出しながら呟いた。
「川沿いを進む。落ちないように気をつけろ」




