65.暴発
巨大な吊り橋の下を、濁った海が轟音とともに震えて揺らめいており、背後には無限に広がるような平原が不気味なほど静かに横たわっていた。紫雲がたなびくその下で、私たちは気持ちを引き締めて状態を確認していた。
「この先が魔王領だね」
「はい!」
ミトナさんに声をかけられて大きく返事をすると、やれやれというように笑いながらアルトナさんが私に声をかける。
「…あんまり力みすぎるなよ?ほどほどにな」
「は、はい」
アルトナさんにたしなめられて声が突っかかった返事が飛び出した。それが少し恥ずかしかった。
「とりあえず深呼吸でもして落ち着きなよ」
一番後ろであたりを見回していたガイレルさんが私に声をかけてきた。いつも振る舞いや発言が変わらず冷静なガイレルさんは、ミトナさんとは違う意味で仲間を支えている。
「分かりました…すうー…」
「何者だ、貴様ら!」
私は思い切りせきこんでしまった。前方から聞こえる声を警戒したアルトナさんが無駄のない動きで私たちの先頭に立った。
橋の向こうに二人の騎馬の影が見える。
「ちょっと、シラナがせき込んでるので後にしてください!」
「してくれるわけねえだろ」
私の背中をさすりながら声の主を注意するミトナさんにアルトナさんが呆れる。それを聞いた騎馬は怒りを煽られたらしく、より大きな声で私たちに怒鳴った。
「何を言っている!聞こえんぞ!我々は貴様らが誰かと聞いているんだ!」
「私たちは魔王様に会いに来た者です!事前に面会許可をもらったわけではありませんが、世界の行く末にかかわる重大な話があります!どうか会わせてください!」
ミトナさんが大声で目的を告げると、少しの間沈黙が流れた。
そして、沈黙はすぐに笑い声に変わった。
「ははは、はははははは!何だそんなことか!これは傑作だ!」
「どういうことですか!」
「貴様ら、本当に何も知らないようだな」
ミトナさんの問いを鼻で笑い、騎馬は大声を張り上げた。
「教えてやろう。魔王に面会することはできない!なぜなら魔王は滅びるからだ!」
「何だと?」
アルトナさんが剣を構える。私も嫌な予感に反応して杖を構えた。
「我々は新興勢力である『真実の軍』に所属している!この世の真実を知った者が魔王を見限って作り上げた無敵の軍隊だ!貴様ら人間に対して魔王は随分と甘いようだが、我々はそれを黙って見過ごすわけにはいかない!」
「真実の軍…?」
「いちいち話の長いやつだな…」
「え、どういうこと?」
反応はそれぞれ異なっていた。話の背景を理解しようとするミトナさん、話を聞きながらも警戒を崩さないアルトナさん、いまいちよく分かっていない様子のガイレルさん、そしてただ戸惑う私。しかし、騎馬はそんな私たちの反応を意に介さない様子で話し続けた。
「今すぐに引き返せば楽に殺してやる!騎馬が駆けてその背をたちまち剣で切り裂き槍で刺すだろう!だがこれ以上我々のすることに首を突っ込むようなら…嬲り殺しに」
「そこまでだ」
アルトナさんが凄まじい速度で駆け出して騎馬に迫る。完全に油断していた二騎は反応が遅れて、構えた武器を慌てて動かし始めた。
「真実が何だって?」
聞いて答えを待たず、アルトナさんはジャンプして、向かって右側の騎手に回し蹴りを放ち落馬させる。
「待っ…」
アルトナさんは着地して押し返される地面からの力に乗って跳び、下から突き上げた左の拳を騎手の顎に直撃させた。
私とミトナさんが駆け寄ると、アルトナさんは騎手が気を失って動かないことを確認してため息をついた。
「全く…口ばっかり動くようじゃ、魔王に勝てるか不安だな」
ガイレルさんがのしのしと吊り橋を渡り切るのを確認して、ミトナさんは問う。
「彼らをどうしますか」
「殺さなくていいが、こいつらの様子がバレると厄介だ。どっか森の中にでも隠しておこう」
伸びた二名は黒い鎧兜に身を包んでおり、素肌は見えない。ガイレルさんによれば、中身はおそらく骸骨だろうとのことだった。ガイレルさんが気絶している一人を背負った。
私が残るもう一人を背負った瞬間に、事件は起きた。
「真実に忠誠を!」
背中に背負った騎手が大声を張り上げた。その体は徐々に熱くなっていく。
「…な、何が…」
「シラナ!今すぐその騎手を下ろして!」
ミトナさんが叫ぶ。
「この爆発は…」
アルトナさんは何か恐ろしいことに気づいた表情で私を見た。
「広範囲型の自爆魔法だ」
その言葉が聞こえてからはすぐだった。
絶対に背負った騎手を離さないように、その腿を掴んで崖に向かって走り出す。
途切れ途切れに、仲間達が私を呼び止める声が聞こえる。
それでも止まらない。止まるわけにはいかない。私は崖から跳び、濁流に身を投げた。背中が熱い。なぜか音が聞こえない。
「エシトラ様、エミイ、仲間の皆さん、…ごめんなさい」
私の意識に残ったのは、そう言った私の声だけだった。
普段より遅れました。
次回更新は来週の月曜日です。




