64.天体
焚火を囲んでみんなが寝ている中、私は周囲の様子に気を配りながら一人で物思いにふけっていた。
僧侶として、本当に為すべきことを為しているのか、私には自信がなかった。魔王訪問のこの旅では、私は足手まといになっているのではないかという考えがぐるぐると頭の中を巡った。
旅の仲間は皆がずば抜けた能力を持っている。王子で、剣術も魔法も達人とされるアルトナさん、マイペースで仲間の調和を保ち、完璧なほどの防御技術を持つガイレルさん、そして槍の達人で精神的支柱になっているミトナさん。私にも役割はあるが、どうしても仲間の能力と比べると十分ではない。
「いないほうがよかったのかな…」
ネガティブな感想を口走ってしまい、首を横に振る。
皆は私の成長を待っているんだ。こんなところでへこんでいる場合じゃない。
「…ほう、お前もこの仲間か」
私は勢いよく振り向いた。背後の闇を月光が照らす中、唯一その声の主が生み出す影だけが暗くなっていた。気配がまるでないのに、いざ向き合うとすさまじいオーラを感じる。
影は人差し指をその口元にあてた。フードを被っているので顔はよく見えないが、その隙間から見える髪は緋色に揺らめいていた。
「落ち着け。…私はずっとお前たちを見ていたんだ。いざとなればお前たちの道を妨げるものを排除するためにな」
橙の眼光に射すくめられてぴたっと私の動きが止まる。
「私はミトナの血縁者と親しくしている者だ。…この荒野を超え、さらにその最奥部の橋の先はもう魔王の領地になる。しかし、私はそこにともに行くことができない。六国に動きがあったと森長から伝えられているので、そっちの処理を手伝うことになっている。」
「六国に…」
「そうだ。そして、私の保護もなく危険地帯に立ち入る時、真っ先に必要になるのはお前だ」
細い指が私を指す。
「わ、私が…必要に」
「これは忠告だ。回復とサポートを魔法で補助する役割は、この先どんな冒険者にとっても必要だ。心して冒険に挑め」
風が吹いて、焚火が霞むように揺らめく。
「森はお前の覚醒を告げている。その契機はお前自身の中にある」
私は幻を見ているのだろうかと私の目と耳を疑いそうになるが、にしてはあまりにも鮮明すぎる。
「私のことは誰にも言うなよ。…私はまだミトナに許されていないだろうからな」
そのどこか寂しそうな声が最後だった。私が問いかけようとすると、姿は忽然と消え失せていた。
平坦な地平線の向こうから光が差し始めた。
再び歩き始めても、私はまだ悶々としていた。元から抱いていた自分への不安に加えて、今朝かけられた声の意味を何度も問い直しても答えが出ない事への不安が新たに芽生えてきた。
「シラナ、昨日の晩は何もなかった?」
「は、はい!」
ミトナさんに聞かれて慌てて答える。返事が余りにも不自然だったらしく、ミトナさんはきょとんとしていた。
「どうかした?」
「いえ、その…」
歩きながら、アルトナさんとガイレルさんの後ろで私とミトナさんが横に並ぶ。きっと、ミトナさんが私を気にして後ろにやってきたのだ。
私は、不安の片方を思わず口にした。
「私って、皆さんの足を引っ張っていたりしないかなって。皆さんが私のこと、役に立たないって思ってたら、この旅を諦めるべきなのかなって、ちょっと思ってしまったんです」
「私はそう思ったことはないよ」
ミトナさんはしっかりと私の目を見てそう言った。柔らかく、それでいて芯の通った言葉だった。
「ロナ王国に着いて初めて出会ってから今まで、ずっと支え続けて来てくれたでしょう?」
「そう、ですか…?」
にこにこと笑いながら私を見る。噓がつけなくて裏表のないミトナさんの笑顔は、向けられるとなぜか安心する。
「私たちだけじゃなくてシラナに出会った皆が、あなたの『目の前にいる人を助けたい』って気持ちには支えられ続けてたはずだよ。そうじゃなきゃ、今のロナ王国の女王様はエシトラさんになっていないと思うよ」
「え…、そう、なんでしょうか…?」
嬉しいのか恥ずかしいのか分からない気持ちでいっぱいになる私を見て、ミトナさんは「そうだよ」と言った。
「だから大丈夫だよ。ほら、行こう」
私を促すミトナさんと私の足は気づけば止まっていたが、ミトナさんに手を引かれて、再び歩き始めた。




