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勇者の妹  作者: 虚言挫折
第四章・ロナ
60/99

60.発現

背後からの攻撃を最小限の動きで躱す。かと思えば、次は真正面から数撃の突きが迫る。長剣が唐突に横凪ぎに振られたかと思えば、大上段から縦に振り下ろされる。その時には正面におらず、右から足払いをかけられそうになる。動きは極めて基本的だったが、その組み合わせ方は無限にある。たった一人を相手にしているはずなのに、一万の大軍が次々迫り来るかのような手数と達人ならではの一撃の重さがある。居合い斬りをせずとも、特殊な武器や魔法などなくとも王は恐ろしく強く、その獲物が剣でなく木の枝だったとしても、俺は回避し続けていられる自信がない。挙げ句の果てには覚醒している。今までの中で最も勝ち目のない戦いだった。開戦早々に俺はひどく息切れしていた。王は本気だったし、俺も本気で避けている。平坦な広間に散らかったシャンデリアの破片が朝の光を受けて眩く輝いていた。

「どうしたアルトナ!お前の刃が掠ってもいないぞ!」

言うと同時に繰り出される突きを避け、次の攻撃に備える。刃を向けることなどできそうになかった。

…本当にできそうにないのか?

足を払う横なぎの刃を飛んで避ける。本当に?返す刃が首を狙うのを防ぐ。本当に?急に軌道を変えて上段から迫る一撃を体捌きでかわす。本当に?

会心の突きが迫る。俺の心臓に向かうそれはゆっくりに見えた。なんとか避けることができる速度だ。

それを、まともに食らう。

痛みという感覚が死ぬほどの鋭さに体が一瞬硬直する。王はぱっと自分の武器から手を離した。

俺の意識が急速に闇の底に回転して落ちてゆくのが分かる。立てなくなって膝が地面につき、口から血がばっと噴き出た。

「…いい動きだ」

王は俺を見下ろした。感傷的な何かを感じ取っているようだったが、具体的にどんな気持ちなのかは分からない。

俺は王の剣の柄を握り、より深く自分の体に差し込んだ。王は目を見開いた。獣のような唸り声と漏れる乱暴な吐息を、俺自身も堪えることができないでいた。

「そのように止血をするのか…」

なんとか力が入っているのは奇跡的なことだった。もとよりそういう賭けだった。

俺は自分の剣を持ってゆらりと立ち上がった。相手は丸腰。少しだけ状況が変わるはずだ。

「これを引き抜かなきゃ俺は死なねぇぞ」

「…なるほど」

王は俺の方に駆けてきた。そこに突きを放つと王は跳躍して俺の背後に立った。振り向くと同時に剣を縦に振り、王はそれを避ける。着地点を攻撃せずに左に跳ぼうとするところに横なぎに剣を振るとそれも紙一重でかわし、複雑なステップで近寄ってくる。俺は背後に飛んで距離を取り、近寄る王を突こうとしたが王はその場で立ち止まってリーチの外に出てすぐ姿勢を整えて攻撃してくる。正拳突きをすんでのところで避け、大上段からの一振りを王に見舞おうとする。あからさまな一撃を王はそつなく避けた。俺は一瞬だけ全身の力を抜き、祈るように剣を突き出した。切っ先が王に触れるか触れないかのタイミングで体重を乗せて剣を押し込むと、確かに手応えがあった。王の腕に俺の剣が思い切り突き刺さっていた。

「なんと…!」

俺はその剣を引き抜いて距離をとった。王は体勢を崩しそうになって踏みとどまった。

こうなれば泥試合だ。体力と忍耐を互いにじりじりと削り合い、我慢できなくなった方が負ける。

王にはたった一つだけ弱点がある。それは純粋な体力勝負だ。体力の運用がものを言う場合には体力そのものが多くなくとも問題ないが、我慢比べとなると俺の方が有利だ。俺はその我慢比べの土俵に王を引き込まなくてはならない。賭けるには無謀がすぎるが、これ以外どの手立てにも光明が指すことはないだろう。俺と王は睨み合った。互いの勝率を削る戦いに神経質になって、足の一歩も踏み出せないままになる。

先に王が動いた。…が、その上体はバランスを保つことができずにぐらりと傾いた。

俺は俺の攻撃がその命を絶つには及ばないことを知っていた。しかし、機を逸するのだけは御免だった。王は俺の突きをすれすれで回避してひざまずいた。


「わたし、わ、私…の、私の…い、意識…意識が」


声が明らかに変わっている。かさかさでなんとも言えない不快な声。俺は残り滓の集中力をなんとかその声の方向に注ぎ、睨むように震えながら起きあがろうとして崩れるその体を見た。

「この、い、意思は…」

王はすっと立ち上がって顔を上げた。目には凶悪な光が灯っていて、気の弱いものなら竦みあがってしまうだろう。

「…ようやく、契約を履行する時が来たか」

王が体を蝕まれていた悪魔は、依代の魂を食い尽くすべく動き始めていた。悪魔はニヤリと笑った。

「私が体を支配してこの国を治めたなら、国民の魂を好きなだけ喰える。巨大な食糧庫に貴様如きが立ち入ることは許さん!」

俺は心臓に刺さった剣が冷たくないのを感じ取りながら、自分の武器を構える。それを見た悪魔はせせら笑い、手を前に突き出した。

ずる、ずると剣が抜けていく。痛みはもう走らず、鈍くて妙に気味の悪い感触が背骨を伝ってくる。慌ててそれを抑え込むと、悪魔はますます念を強めて引き抜こうとする。力は拮抗している。歯を食いしばる音が向こうまで聞こえていそうなくらいに力を込める。意思は拒絶の塊となって身体中を硬直させた。

「諦めろ…早く楽になってしまいたいだろう?」

囁き声が耳元で聞こえる。

「お前が選んだ戦略から、引き返せないのだろう?お前はいつもそうだ…」

力を込めることを忘れると簡単に抜けてしまう剣に集中しなくては…。

「引き返せないのだ。それで人を苦しめることになっても。妹もそれでどれだけ苦しんできたのだ?お前の優柔不断、逃避癖、出生…。どれもがお前の罪ではないか?」

手がぶるぶる震えてきた。耳を傾けたら本当に手を離してしまう。

「だからお前は駄目なのだ!罪を罪と思わず、業を受け入れることもままならぬ!親から疎まれるような男を誰が受け入れる?」

声ははあっと吐息を耳に吹きかける。

「さあここで全てを捨てろ…!きっと苦しくなくなる…楽になる…」

「生憎、苦しい方が慣れてるんでね」

俺が答えるとふっと念が消えた。いきなり力を抜くことができずに剣をかなり深くまで差し込んでしまい、ごほっと血を吐く。

「ならば死ね!」

悪魔は飛びかかってきた。拳を握りしめて俺の頭部に向けて突き出した。

頭を左に傾けて避け、予備動作なしに右手を悪魔の頬にぶつける。自分が与えたかった一撃をまともに食らって、悪魔は広いホールの端まで吹き飛んだ。轟音と共に、床に散らかったシャンデリアの破片が舞い上がる。

「唆すのも下手、バレバレの一撃、予備動作のない動きを相手の空気から読み取れない…三流が」

俺は血痰を吐いて歩み寄る。なんでまだ立っているのか皆目見当もつかなかったが、生きているのでなんでもいい。

「親父の方が強かったぞ?」

俺は地面をのたうち回る悪魔の腹を思い切り蹴った。悪魔はまたしても吹き飛んだが、空中で体勢を立て直した。俺はまずこいつを王の体から追い出さなくてはならない。普通なら依代と悪魔が互いに契約を破棄することで悪魔は出て行かざるを得なくなるのだが、そんな悠長なことは言っていられない。この場合は恐怖と暴力で追い返すのが一番手っ取り早い、とまで思い至り、段々俺が悪魔になったようなぐしゃぐしゃの思考回路に苦笑いしてしまう。

「貴様…!貴様の父親の体だぞ!」

その焦った声に俺は心底満足した。

「知るか。ぶっ殺してやる」

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