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勇者の妹  作者: 虚言挫折
第四章・ロナ
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59.切り捨てる

みんなが出ていくのを見送って、俺は俺の身支度を整え始めた。演説から二日が経過しており、そろそろ各所から議会の連中が追い詰められているという報告があるはずだが、俺はそれを待っていることはできなかった。まだ朝は早い時刻だが、この半分地下に埋まった隠れ家からは陽の光を拝む術などない。

靴下が見当たらず、自分の待機部屋に探しに行く。奥には一昨日設置されたばかりの作戦本部があり、もともと何もない倉庫だった一室を無理やり改装したのがよく分かるくらい散らかっていた。しきりに音がするので何事かと覗くと、隠れ家の奥のその書類だらけの部屋にシラナがいて、せかせかと働いていた。周りにも何人か人はいたが、みんな眠ってしまっているらしい。話しかけるのはやめておこうとその部屋を出ようとする。

「…戻ってきてくださいね」

振り返るとシラナは俺を見て隈のできた目で微笑んでいた。シラナは自分にとっての故郷を離れてここに来ている。慣れないことのほうが遥かに多いだろうに、それでも足を引っ張るまいと常に全力を尽くしてくれていた。

「ああ」

やっぱり俺は離れたくなかった。でもそれは後でみんなが決めることだ。

俺が持っていく荷物は極めて少なかった。鎧があればと思ったが、それは城にある。取りにいかなければならないものが勝手に増えてしまって苦笑いしてしまう。

俺は玄関をくぐった。建物の影に一部を隠した向こうの山の淵が光り始めている。ミトナの顔が、ガイレルの顔が、シラナの顔が浮かんでくる。

「そうだよな、戻らなきゃな」


王城の前には人々が立っていて、自分の家族である徴兵された兵士を呼び戻そうと大声で叫んでいた。中にはただの野次馬や巻き込まれた家のない人もいたが、誰もが声を出していることに間違いなかった。

俺は人混みをかき分けて進んでいく。押し戻されたりもしたが、どうにか先頭にやってきた。跳ね橋は上がっていて、すぐ足元には水で満ちた堀がある。城壁の上には兵士が並んでいて、それぞれが平静を取り繕って弓矢を構えている。俺がやってくると、そのうちの何人かは驚愕に目を見開いた。中央に立っている部隊長が誰よりも驚き、困惑している。俺は彼に呼びかけた。

「久しぶりだな!アルトナだ!」

周りの人間から後ろの人間にも続々と反応が広がってゆく。俺にただ驚いたり、俺に自分の子どもの身を保証して欲しいと願ったり、俺を揶揄う奴もいた。

「今城は厳戒態勢にあります!いかにアルトナ様といえども入城できません!」

「俺は王を殺しにきたんだよ」

人々はどよめいた。部隊長が手を掲げて構えの合図を出した。兵士達は反射的に弓矢を構える。

「やめろ。家族がいるんだろ」

兵士たちには後ろの人々の顔が鮮明に見えるようになったはずだ。部隊長までもが一瞬躊躇いを見せた。

俺は飛び上がった。狙い通り跳ね橋の端を掴んで、自分の体を引き上げる勢いのまま城壁まで跳ぶ。部隊長と隣の兵士のちょうど真ん中に着地した。

「な、あ…」

俺は抜剣して一切りごとにシュッと音を立てながら部隊長の鎧の上をなぞった。たちまち鎧は大小様々の銀色の破片になって地面に落ち、薄い粗末な服が露わになってゆく。体には傷をつけていないはずだ。

「ごめんな」

部隊長の兜を剥いでどんと思い切り胸を突くと、真っ逆さまに堀の中に落ちていった。胸が痛いかもしれないがこっちも胸が痛い。多分彼はすぐに水面に出てくるはずだ。

俺は全く後ろを見ないで前に駆け出す。指揮官を失った兵士は武器を構えてこそいたが、それを用いるかどうかまでの判断はできなかったらしく、弓の弦が弾かれる音は聞こえてこない。途中で兵士たちとすれ違ったが、彼らは俺を見てただ戸惑うだけだった。

すぐさまたどり着いた二階の大広間の扉は開いたままになっていた。嫌な予感がして急ブレーキをかけると、シャンデリアが轟音とともに落下してきた。切断面が綺麗過ぎることは、この光る水晶の塊を吊るしていた鎖が劣化によって千切れたわけではないことを物語っていた。

「遂に来たか」

シャンデリアの向こうから俺の父親の声がした。俺は俺の気持ちを乱されないように大きく息を吐いた。

「結末は目に見えている。お前の同士や妹が長く続けていた反政府運動がこの時実を結ぼうとしている。民は蜂起して支配者は民の足にその顔を蹴られるだろう。…そして私は、お前が殺すだろう」

王は礼服を着ていた。赤のマントに王冠、長いローブに紫金のベルト、烈火の如きルビーが柄にはめられた長剣。老いているとは思えない出で立ちと、苦悩の数だけ深く刻まれた皺に感じる老いが俺を震えさせる。悪魔と契約させられたとは思えないほど姿勢がいい。

「ゆくぞ」

体だけが追いついて、最初のあまりにも重過ぎる一撃を回避した。早い。それでいて切っ先にブレがなく、体重も乗っている。予測していなかったその可能性は認めざるを得ない事実となっていた。

「まさか」

「そうとも」

王は覚醒していた。

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