56.前衛
私はすっかり消耗したアルトナをベッドに寝かせて、これからの方針に関する会議に参加した。私たちが隠れている小さな家の地下には大きな部屋があり、反王政派の中心人物は人目を避けて、集会ではないかとの疑惑を抱かせないように一人ずつここにやってくるらしい。私が参加するのは、その面会が終わった後の会議だ。その時にはアルトナもひとまず回復していると思われるので参加するつもりらしい。基本的にはアルトナの様子はシラナが見て、クーデターに関しての情報はガイレルが集めることになっていた。そのために私は、苦手な料理や家事を担当することになっていた。祖父母の家で羊を育てていたり作物を取り入れたことはあったが、家事は私が何かする前に祖父母が全て片付けてしまっていたのが常だった。私は家事を終えてアルトナの様子を見に行った。シラナは私に気づいて場所を開けて後ろに立った。
「まだ寝かせておいてくださいね。できる限りのことはしましたから、あとはとにかく睡眠をしっかりとってもらうことです」
「うん…」
アルトナはすやすやと眠っている。冗談を言ったり憎まれ口を叩いたり、それでいて大人びたところがあるのに、寝ている時のアルトナは年齢通りの少年だった。そうだ、もうすぐアルトナとは離れ離れになるんだと思うと、ふいに寂しさが胸の奥からぐっと湧き上がってきた。
「ここでアルトナとの旅が終わりになるんだね」
シラナは口を固く結んだ。この家に来てすぐのことを思い出しているみたいだった。
「俺はここで、この仲間からは外れることになる」
えっ、とシラナが言った。私とガイレルは知ってこそいたが、改めてそうだと言われると苦しいものがあった。
「ミトナとガイレルには言ってたよな。まあ理由は…お察しの通りだが」
アルトナは気まずそうに、しかし私たちをしっかり見て言葉を続ける。
「仮にクーデターが失敗したり革命派が負けたりしたら、俺は首をちょん切られる。クーデターが成功して妹が王位を継いだとしても、俺は残って妹を守らなくちゃならないんだ。…だから、まあ、事が済めばここでさよならだ」
シラナは少なからず落胆しているのを隠せずに肩を落としている。ガイレルも無表情に見えて、内心ではしょんぼりしているのが彼の周りの空気でよくわかる。
「いや、その、別に俺は死んだわけじゃないぞ?また会いたければ会えるし。名前を言えば優先して面会とかできるようにするから」
無理をしているアルトナを見るのは久しぶりだったが、それをやめろとは言えなかった。よくないのは分かっているが、私はこの計画を実行するのが長引いてくれたら、と思ってしまった。
夕食の出来栄えは日に日に良くなっていった。なんとか元気になったアルトナも食卓に並んでいた。
「あるんだな。ミトナの料理が上手くなることなんて」
「あります!私のことをなんだと思ってるんですか」
「できない召使い」
「むすっ」
「口に出す奴は初めて見たぞ」
さっきまであんなに寂しかったのに、どこか晴れやかなアルトナの表情を見ると私は元気になりはじめていた。いや、アルトナがどうこうというよりも私が単純なだけかもしれない。モトラはずっとガイレルの首にかかっている翡翠色の装飾についてあれこれ聞いていて、シラナは私の料理を美味しそうにもぐもぐ食べていた。全員が食事を食べ終わって片付けも済んだ時、ハリドが散らかった書類を何枚も手にして現れた。
「ついに作戦が決まった」
私たちはここから城までの地図を皆で覗き込んでいた。
「作戦までは四日だ。それまでに、少なくとも城下町の中の人間を皆味方につけなくてはならない」
なんだかさらっととんでもない無茶を言い始めたハリドをみんなが一斉に見たが、本人は意に介さず続ける。
「マリヤ姫の報告やアルトナ様の話によれば、王は既に意思を邪悪なものに蝕まれつつあり、死を願っているとのことだ。…その処遇については、アルトナ様に全ての決定権を委ねることにした。問題は、王宮を蝕むゴミ虫である十二議会の貴族どもだ」
ハリドは隣にある国内全域の大きな地図を指さした。
「奴らは傭兵を雇い私服を肥やし、強き者に媚びへつらう輩だ。だが、傭兵という国家による管轄が難しい兵士を対処するのは難しい。そこで必要なのが、アルトナ様だ」
城下町の広場を示して、ハリドは続ける。
「二日後に十二議会の選挙がある。この広場で、アルトナ様にゲリラ的な演説をしてもらい、議会への投票を削っていく。手のものがその内容を城下町内に知らせて回り、混乱を阻止するだけでなく体制の変化を肯定してもらわなくてはならない。奴らは権力で握り潰すかもしれんが、その時にはこちらも攻撃する」
「十二議会はそれぞれの領地を持っているが、それはどう手を打つんだ?」
アルトナの問いに、モトラが応える。
「傭兵を次第に我々の手のものとすり替えてある。時が来たら一気に彼らが攻撃する。加えて、もしアルトナ様の演説が城下町だけでなく国内の各所、十二議会の領地にまで届けばその領民も蜂起するかもしれん」
「つ、つまり…アルトナ次第ってことですか?」
「そうだな」
私が恐る恐る聞くと、アルトナは平然と答えた。そんな無茶な、と言おうとすると、ハリドがそれを制するようなタイミングで話し始めた。
「これが、これこそが肝なのだ。安定した手段は確かにあった。しかしそれでは間に合わぬのだ。やるからには一気呵成に攻め落とさねば十二議会が勘づく。水面下で進めてきた準備も、この作戦のために進めてきたわけではなく万が一のための保険なのだ。…それを今、ここで使うほどの一大事だということだ」
私だけでなくシラナもおろおろし始めた。アルトナは私たちを見てにやりと笑った。
「いい計画だろ?」
私たちはそれで、何も言えずに頷いた。
計画が翌日には実行に移されると知っていたらきっと止めていた。




