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勇者の妹  作者: 虚言挫折
第四章・ロナ
55/99

55.地下と地上

兵士たちは唐突な俺の自殺行為に立ちすくんでいる。鰐は口をぱっと開いた。その大きさは俺の背丈をやすやすと超えている。地獄の瘴気がぶわっとあたりに広がり、むかつく臭いが立ち込めた。

「馬鹿め!なぜ自ら死にに…」


反転して鰐を正面から見る。足が地面に着くと同時に膝に力を込め、思い切り飛び上がった。その勢いのまま、拳を上に突き上げる。

ばんっと音がして、鰐の上顎があらぬ方向に骨ごと折れた。高く飛び上がった状態から、おどろおどろしい声を上げてのたうち回っている鰐の頭部に着地する。足元から赤黒い飛沫が勢いよく吹き上がり、鰐はたちまち絶命した。

誰もが呆然として、口をあんぐり開けている。だが一番驚いているのは俺だ。エギルでのミトナを思い出して、まさかこれが覚醒というやつなのではないかと直感的に悟った。

「ひっ…」

太った男が後ずさるが、足がすくんで動けないらしい。そうだ、これが覚醒かどうかを確かめる前にやっておかなきゃならないことがある。

全身が真っ赤になった俺が無表情で歩み寄ると、兵士もじりじりと後退りを始めた。

俺は俺でひどく体力を消耗していたが、男はそれに気づいていない。

「次の王は、きっとお前を許さない」

男は慌てて逃げようとした。振り返った背中に蹴りを入れるとすっ転んで泣き始めた。

「自分が死ぬくらいでめそめそするんじゃねえよ」

手を出すのも面倒になってきて、俺は目的の道へと歩き始めた。兵士はみんな呆然として追いかけてこなかった。


道は細く、体を横にしなくては入ることはできなかった。しかし、明らかに先ほどよりも明るくなり始めている。地上が近いようだ。石の冷たい壁面をようやく通り抜けると、小部屋にたどり着いた。奥にあるドアから地上に向かうことができそうだ。右手には机があり、その上に書類が山積みになっている。こんなところに書類なんて置いておくべきではないんだが、と苦笑いしながら足を前に出そうとした。

「止まれ」

女性の声。俺の喉元には刃物が迫っている。

議会の奴らとは明らかに違う雰囲気だ。しかも、相当手練れときている。

「俺はなんてかわいそうなんだろう…」

そう呟くと、刃物がますます俺の喉に近づいた。

「この部屋が何なのか分かっていて来たのか?」

「いや、地上に出るために通っただけだ」

「そうか」

俺が嘘偽りなく答えると、刃物は引っ込んだ。その正体を見ようと振り返ると、フードを被った姿が既に俺に背中を見せていた。

「すまなかったな」

全くだよと思いながらなんとなくその女性の後ろ姿を見ていた。


「ミトナを頼む」


女性はそう言って、俺の来た方へ歩き出そうとしていた。

「待て」

俺が呼び止めると、女性はぴたっと止まった。

「ミトナを知っているのか?」

「知っている。正確には、彼女の兄について知っているから、彼女についても知っているのだ」

女性は俺の方を見ないままで言ったが、どう考えても怪しい。ミトナは自分の兄の話をほとんどしない。自分が何のために旅をしているのかも仲間以外に話したことはなく、大体旅行だとかそういう理由で済ませているのだ。その兄という人と相当関わりが深くなければ、名前まで知るはずがない。不審がる俺の内心を見透かしたかのように、女性は話す。

「心配するな。私はミトナにも、彼女の仲間にも、危害を加えようとは思っていない」

「…そうか。信じるぜ」

疑念はまだ数多いが、彼女は信じるに足る人物だと思うことにした。俺には歩き去るその後ろ姿がどこか寂しそうに見えた。


階段の上に待ち構えていたドアを開けた時には、俺は既にだいぶ疲れ切っていた。昨日の晩から飲まず食わずでここまで歩いてきたというだけなのだが、それにしては疲れすぎている。覚醒したかのようなあの感覚のせいだろうか。

ついに風が吹いてくるのを感じた場所は、石の壁に木の梯子がかけられていて、その先が出口になっているようだった。横向きに吹く風だが、その一部が地面に引っかかってここまで流れ込んでいるらしく、地上を感知するのには大変役に立つ。

「…ここかな?」

「恐らくは」

上で声がする。

聞き覚えのある声だ。

「おい!ハリドとミトナか?」

「はい!マリヤ姫の使者に教えられたとおり、こちらにいらっしゃったようで何よりです」

素晴らしい妹を持ったとしみじみしながら梯子を登る。頭上に空が見えるのがやけにひさしぶりに感じる。

「おかえりなさい、アルトナ」

ミトナが安心したように言った。これから巻き起こる波乱を自信満々に跳ね返してしまいそうなこの槍使いに、少し感傷的になって呟いた。

「ただいま」

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