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勇者の妹  作者: 虚言挫折
第四章・ロナ
51/99

51.正体

俺はゆっくりと体を起こした。灰色の硬い床に目の前の鉄格子が、自分の現在の状態を刻み込む。

頭はずきずきするが、体がより痛む。

「はあ…。」

ミトナ達が心配だ。正直、俺の身はどうにでもなるが、反乱分子であるハリドとモトラと一緒にいることを考えると、あらぬ誤解を招きかねない。いや、別に誤解でもなんでもないのだが。

武器は獲られ、鎧もない。

地下の一室であると推測するに十分な湿っぽさを空気に漂わせ、不思議と平坦な心持ちで外をぼうっと見ていたら、靴の音が重苦しく響き始めた。

「起きているようだな。結構だ」

昨日の晩戦ったあの男だった。光の加減で顔は見えない。

腰には刀がぶら下がっていて、その輝きが無意識的に俺に身構えさせる。

「何の用だよ」

「君に見てもらわなくてはならないことは沢山ある」

かちゃかちゃと音がして、牢の鍵が開く。俺の頭が追い付いていないだけかもしれなかったが、とにかく変なことが起きているなとは思った。

「選ばせてやろう。私は誰よりも君の意思を尊重するつもりだ」


地図はいらなかった。改修工事も施されてはいないらしいので、昔の城のままだ。

目の前を歩く男は、相変わらず気味の悪い空気を体中に漂わせていた。この男について知っていることを整理しても、全くその正体が何なのか想像できない。

レーグ大臣と繋がりを持ち、悪魔崇拝のフレマ教徒で、刀を使い、抜刀術のプロ。

情報が集まれば集まる程混乱させられるが、今はこの男の意思を観察するしかない。

「貴様もこの国の王子であるならば、おおよその現状については把握しているであろう」

「まあね」

ドアを開けた先には衛兵がいた。人がいる場合には俺の呼び方を変えている。

衛兵の敬礼を見送って、さらに先に進む。地下を抜け、大広間についた。

様々な人間が行き交うそこをするすると抜け、迷わずに中央の階段を登り、三階の巨大な両開きの扉の前で立ち止まる。

「心構えをしておけ」

年月を感じさせるような軋む木材の音が響き渡り、中央の玉座が遠くに見えた。

他の国と比べてもかなり広い玉座の間は、前に来た時に比べると随分豪華さが増しているようだった。俺にそういった建造物の価値が分るようになったからかもしれない。

誰かが玉座に座っていた。寝ているのか、項垂れているようだった。俺達は近づいてその左右に立った。

男はその眠っている顔が俺にも見えるように、後頭部を背もたれに乗せた。

待ってもおらず、待ってもいた父との再会だった。


「…魔法を解く」


男はその表情に手をかざした。

「え?」

一瞬にして塗り替えられた顔の作りは、俺の父のものではなかった。

「大臣…?」

その目は閉じていたが、意思を持たぬぼうっとした目をしているに違いなかった。俺はこの国に来て、初めて混乱していた。

「そうとも。この男こそ、レーグ大臣と通じ、この国の情報を横流しして自らが甘い汁を啜った、我が国の大臣だ」

声は静かだったが、怒りを感じ取るには容易だった。

「大臣がロナ王国の王に玉座の禅譲を申し出て、今日でちょうど三か月になる。通常ならあり得ない申し出だったが、大臣はこれに成功すれば多額の報酬をレーグから受け取ることが決定していた。王からすれば、どうやっても尻尾を掴めなかったこれまでの悪行三昧を炙りだす絶好の機会だった。王の器にあらざるものが、偽りであっても王であることはできない。両者は互いの思惑を抱きかかえたまま、あっさりと、そして秘密裏に承諾した」

ゆっくりと、しかし確実に人の気持ちを他には向けさせない語り口に、俺は引き込まれていった。

「悪魔信仰を命じられた時も、王は従った。その裏でひそかに反逆の好機を伺いながら。…国民が理不尽な理由で罰を受けているときも、何食わぬ顔で眺めていた。だが、信仰の代償は重い。時々、王は自らを失う。意思の力で保てないときは、王家の剣の前で祈った。体も人ならざる者に蝕まれつつある」

俺は何かを語りたいとも思えなかった。男は話し続ける。

「玉座の禅譲があまりにも速やかであったため、王と大臣以外の全ての側近が、禅譲が誠であると信じた。兵士長以下の者は、禅譲が行われたことさえも知らず、ただ王が狂ったと思った。大臣への支援を弱体化することは容易ではなかった。そこで、王は大臣を傀儡とする作戦も、禅譲直後から立案、実行した」

「大臣を、傀儡に…」

「ああ。大臣は、金を信じた。逆に言えば、金以外のもの、例えば他人や社会、知識、果てには自分のことを信じることはできない。当然だ。価値の指標に過ぎない金を信じるということは、相対的なものを絶対的だと見誤っていることの表れだ。だから、人間の底に流れているどうしようもないまでの本意をくみ取ることができなかった。王は私財を投じて信頼を得て、それまで大臣が信頼していた人間を次々に密告することで疑心暗鬼に陥らせた。王だけは裏切らないと思い込ませると、王の言うことを聞くようになった。大臣が骨抜きになると、王が大臣の代わりにレーグと関わり、流す情報の量を徐々に減らしていった。そのころには、王の肉体は悪魔信仰の呪いで不安定になり始めた。…そこに、君の居場所に関する情報が入り、刺客を送ったが返り討ちにされた。ついに君がやってきたとき、王は自分の運命を悟ったのだ」

男は顔を隠す黒い布を外し、フードを外した。


「久しぶりだな。アルトナ」


そこにいたのは、正真正銘の俺の父、ロナ王国の国王だった。

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