50.血と呪い
「アルトナ、遅いね…」
やけに寝つきが悪い私とガイレルは、帰りの遅いアルトナを心配していた。仮に襲われたとして、二、三人の刺客に負けたりすることはないだろうが、大勢ではどうなるか分からない。ハリドはニ時間の仮眠をとっており、モトラは家の前で浮浪者のふりをしながら寝ずの番をしている。アルトナも大変だなあ、となぜか人ごとの感想を漏らすガイレルは、今こうして眠ることができないでいることも、アルトナが帰ってこないことも、気にしていないようだった。
「僕たちにはまだ手段がない。今はやっぱり、アルトナの気持ちが最優先だと思うんだ」
「わかります…分かっています」
私の反応を確かめた後、ガイレルは私をじっと見た。翡翠色の目があまりにも綺麗で、見られるのが恥ずかしい。
「目、よく見せて」
「え?はい」
私がくっと目を見開くと、楽しそうに「そんなに頑張らなくてもいいよ」と言った。しばらく観察してから、ガイレルはなるほど、と言った。
「ミトナ、君には多分、王族か勇者の血が流れているね」
図星。私はぐっと黙ってしまった。
「フェイマルから聞いたんだ。君とフェイマルが初めて会った時のことを。…君がフェイマルの封印を解いたって」
「は、はい…たしかに」
「いかにボロボロだからといって、王の拘束が一般の魔法使いに解けるわけがない。解けるのは、王族か勇者、森長、あるいは魔王族くらいのものだ。見たところ、君は人間だ。だから王族か勇者とは血縁関係にあるはずなんだ」
「そうですか…」
打ち明けるべきだ。今このタイミングで、しっかりと知る限りの真実を伝えなければ…。
「でもね、そうだとすると一つ考慮しなきゃならないことがある」
ガイレルは枕元の首飾りに触れた。その中にはフェイマルがいる。
「それに関しては、フェイマルの方が詳しい」
ごくわずかに翡翠色の光を放つペンダントは、低い声を発し始めた。
「王や勇者の一族の血は、強大な力を持つが故にある欠点がある。それは、自分の身分に関する秘密を自分からは明かせないことだ。相手にどれだけ勇者か王族かと聞かれても、はいともいいえとも言えない。勇者の血筋は特にその呪いが強く作用する。」
「え…?でも、アルトナはここに来て、私たちに…」
「無理もない疑問だ。だが、王族は自分の領では身分が割れているだろう?民衆に知られない王はいない。だから、自国の領では決定権を与えられる」
「そ、そうなんですか…」
「勇者の場合は、魔王と対峙し、魔王を討伐することが自身の身分を証明することと同義になる。それ以外に身分を証明することはできない。これは勇者の身分と安全を保証し、血筋を後世にまで伝える役割がある。勇者が強大な力を持つため、勇者と判明すれば警戒され、命を狙われることもあるからだ。…しかし、ここ最近ではその働きが変化してきている」
「変化?」
「うむ。魔王と人間とのかかわり方が変化すると、勇者というものの役割は変わってくる。魔王と人間が敵対しているようなら勇者は魔王を討伐するという役割を担うが、昨今では魔王と人間とのかかわりはかつてないほど親密になっている。だが、勇者は存在を残し続ける。となると、勇者が果たしてどうなるのかは、ここで、この時代に、このタイミングで新しく決められるかもしれない」
翡翠色の光はそう言い終えるとふっと消えた。
思っていたよりも情報量が多く、一息に理解するのは難しそうだった。布団にくるまっているのに休めそうにない。
「だってさ」
「は、はい…あの、ちょっと時間をください。全部は飲み込むことが出来てないので…」
ガイレルは何も言わずに頷き、私が唸りながらぶつぶつ言うのを眺めていた。
「よし…多分整理できた…王族と勇者の血には、正体を明かすのを封じる呪いがあって、王族は自分の領では正体を明かせる。勇者は魔王を倒すと正体を明かせるけど、魔王と人が仲良くなり始めて、勇者の役割は変わりつつある。こういうことかな」
「だろうね。それで、ここからは僕の意見になるんだけど」
異様なまでに静かな夜に、ガイレルの声だけが粛々と耳に届く。
「王族の血と勇者の血には類似性があるけど、その割には勇者と王族が同時に存在した例があんまり多くないんだ。短期間だったり、そもそも勇者が公の場に姿を見せなかったりするから。僕は、ミトナは勇者の血を引いていると思っている。そうだとしたら、王族のアルトナと勇者のミトナが長期間いたときに、ひょっとすると未知の現象が発生する可能性もゼロじゃない。」
それを聞いて、ここにいないアルトナをより意識してしまう。
「森長は、電気に陰の粒と陽の粒が存在して、陽同士を衝突させると強大なエネルギーが発生した後に粒が崩壊するという仮説を立てたことがあるんだ。今それを思い出したよ」
「同じもの同士をぶつけると、もともとの要素が壊れてしまうってことですか?」
「そう。だから、呪いが解けるかもしれない。…淡い期待だけどね」
夜が明けようとしていた。アルトナは、まだ帰ってきていないらしかった。




