48.真っ黒に
槍を背中に背負った、コミュニケーションが下手な奴。
それでいて、妙に頑固なところがある奴。
人の苦しみをやすやすと受け入れてしまう奴。
俺はずっと、そういう人を探してきたのかもしれない。それがミトナだったのかもしれない。
ミトナとあってから、俺は自分に対して驚いた。
こんなに軽口を叩いたこともなかったし、こんなに人を守りたいと思えることもなかった。
俺の意思が、こんなにも明確だったことはなかった。
夜の街は向こう側に何かいろんなものを隠して動いている。
人々の喧嘩、やけ酒に浸る家のない酔っ払い、吠える犬、微かに火の灯った家。
どれも王族の立場だったなら馴染みのないものだったろうが、今は自分のことのように見えた。
母親に怒られることだけがどうしても理解できなかった。家の中から聞こえてくる、怒号をとばす女性の声と子どもの鳴き声を通り過ぎて、人気のない大通りに出た。
周りは空虚な真っ暗闇で、人々が生きてきた跡が覆い隠されつつあった。
空気を吸うと、今まで押し込めていたことが井戸水のように湧き出してきた。
国王派と国民派で国の意見が二分され、王宮内の闘争が民衆に飛び火して暴動やクーデターになる。
自分たちのために自分たちで殺し合いをするなんて残念な皮肉だ。
内輪の話では片付けられないことでもあるが、もう少し何とかならなかったのか、俺さえいたらとロナ王国に入ってから悔やむことがある。悔やんでもどうにもならないことを悔やみ続けるこの呪いのような苦しみは、俺に漠然とした不安を注ぎ続けた。
妹は元気だろうか。一人だけの跡継ぎで、立場によっては暗殺者なんて厄介なものにつけ狙われることもあっただろう。ロナ王国からの知らせが来るたびに妹の安否を慮ってひやひやする。
ミトナの兄もこんな感じだったのだろうかとふと思った。どんな兄なのかは知らないが、きっと相当いい人間だったのだろう。
じわじわと浸る感傷を噛みしめていると、殺意が空気に混じって流れてくる。
「…誰だ」
そう言い放つと、建物の隙間からじわじわと人影が滲み出てきた。全員が真っ黒い服を身に纏い、顔を大きい布で覆っている。
「アルトナだな」
「さあね」
「誤魔化せるとでも思っているのか」
そう言った男の眼差しは鋭い。俺は冗談めかして肩をすくめたが、同時に背中の剣に意識を集中させる。
目視では十人。気配から察するに、もう五人くらいは潜んでいるはずだ。
「サンチマル王国での刺客を振り切るだけでなく、レーグ大臣の足止めまですり抜けるとは、いやはや何とも運のいい男だ。」
その言葉に俺は眉を顰める。
「ほう。あの性格の悪いのが顔ににじみ出てる大臣とも結託していやがったか。尚更許すわけにはいかねえな」
「黙れ。あのお方の『接続』を見くびるなよ」
思いのほか安い挑発に乗るものだと思って眺めていたが、彼らが袖の下から手の甲を見せつけた途端にその面倒くささが予想を上回っていることに気が付いた。
フレマ教の模様が赤く禍々しく発光している。
悪魔崇拝の最たる宗教で、生贄の儀式や死者の遺体を用いた黒魔術など、禁忌をやすやすと踏みにじることで知られ、忌み嫌われている。
「キルトスのやってた奴とはまた違うようだな」
「当たり前だ。あんな信仰のない宗教など紙切れ同然よ。あんなものと一緒にするな」
円陣が小さくなって、殺気が近づいてくる。
目の前のリーダー格の男がかっと目を見開いた。
「国民派の貴公にはここで死んでもらう。悪く思うな」
言うが早いか、赤い光線が俺のいた場所に着弾する。俺は高く飛びあがって屋根に着地した。
まずは距離をとる。背後で「逃がすな!」と叫び声が聞こえた。勢いよく駆け出し、屋根を飛び移る。
武器を抜いて振り向き、屋根から飛び降りて細い路地裏に飛び降りる。不意を突かれた黒い刺客の顎を思いきり蹴とばした。
人のいるところで争うわけにはいかない。誰かが巻き添えを食う可能性がある。いかに刺客どもが馬鹿でないとはいえ、目的が俺を殺すことである以上はどうなっても殺しに来るだろう。
側転で赤い光線を避け、元の体制に立ち上がる時に剣を振る。刺客の一人が俺の剣の腹に頬をひっぱたかれて倒れた。三本の赤い光線が俺めがけて飛んできたので、それを剣で一瞬だけ集めて前方に放出すると、その三本がそのまま術者に直撃して吹っ飛んでいった。
左右の屋根の上から赤い光線が飛び、俺はそれを後ろに下がって避けた。そのまま飛び上がって強風の魔法で刺客を吹き飛ばすと、遠くの建物の隙間に落ちて悲鳴が聞こえた。
六人始末したが、残りはまだ多そうだ。予想よりも何人か多いらしかった。
その場に立ち止まって当たりの気配を探る。左上から忍び寄る気配に、先に電撃を放つ。ばちっと音がして姿が見えなくなった。
「キリがないな…」
俺は落雷を呼び寄せて、周囲に集まってきた刺客を吹き飛ばす。
その場にはもう、刺客はリーダー格の男だけが残っていた。
彼は何も言わずに腰の刀を引き抜いた。その刃が不穏にぎらついた。




