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勇者の妹  作者: 虚言挫折
第四章・ロナ
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47.決定権

王位継承から四十年を記念した式典の最中、俺は兵士たちの最前列に立っていた。

老いてなお頑健な王と、その隣の衰弱こそしているが気丈な女王が、赤い絨毯の上を歩いてくる。

俺は確かに何かを期待している。

女王はアルトナを見て、ぼそりと呟いた。

「おぬしは誰じゃ?」

心臓が跳ねる。卒倒しそうな体を意志だけで支え、忘れそうになっていた自分の名前を辛うじて口からひねり出す。

「アルトナです」

「そうか」

一瞬だけ、女王の目の奥が凍えた。それは拒絶だった。

淡い期待を抱いていた。どこかで、本当の母親は女王なんだとまだ信じたかった。


「アルトナ?大丈夫ですか?」

私が声をかけると、それまでうなされていた彼はゆっくりと目を開けた。首筋にどろどろ滴っていた汗の跡が見える。

「…嫌な夢を見たな」

アルトナは身を起こしてため息をついた。かなり参っているようだ。

私たちは、モトラが借りていた空き物件に宿泊していた。

古いが骨組みがしっかりした家で、時代と品格を感じさせる家だった。

その真下では、不穏な空気が揺れ動いていた。

「アルトナ様、私たちは着々と決起の用意を進めています。」

ハリドの声にも浮かない顔で頷く。

反王政側の環境はあまりいいとは言えないらしいが、それでも急いで決行せねばならないと焦りを抱いているようだ。

あらゆる感情の炎に焼かれて、アルトナはもがき苦しんでいた。

ロナ王国に来る前同様に私やガイレルと手合わせはしてくれるが、いつものようなきれがない。

その日も、稽古を終えて私が汗を拭いている間じゅうずっと下を向いていた。

こういう時に「下を向いてもどうにもならない」とか「頑張ろう、どうにかしよう」というのは野暮だ。

そんなことは当人が一番理解している。私たちが外側からどう言おうが飲み込めるはずがない。

どう声をかけるべきだろうか、と沈んだ表情を見ていると、アルトナも私の視線に気づいた。

「ミトナ?どうした、さっきから俺の方をずっと見てるよな」

「え?あ、ああ…!えっと、はい!」

びっくりしておたおたと答える。

「ごめんな。こんなざまで」

「謝らないでください…いつもならこう、もっと『何やってんだ、俺にはいって言うのになんでそんな慌てることがあるんだ』とかいうじゃないですか」

「悔しいが、口調が俺にそっくりだな」

嗤ったような疲れたような顔でため息を漏らすその顔は見とれてしまうほど端正だった。

「分かってるんだ、今の王に、ロナ王国を任せておくことはできないって。でもな、やっぱり暴君である以前に俺の父なんだ。どうしたって決められやしない。でも決断から逃げることが許されないのも重々承知だ。」

こんなに弱っているアルトナを見たのは久しぶりだ。

私は必死でなんといえばいいのか考え、これまでにないくらい頭が熱くなった。

頭を回転させなければと息巻くあまり、実際に頭をぐるぐる回していることに気づいてしまって一気に恥ずかしくなった。

「何してんのそれ」

「あ、頭を回転させようとした結果です!あんまり触れないでください!」

「実際に頭を回してどうするんだよ」

「衝動的な、ものです…はい」

私は恥ずかしさですっかり縮こまってしまった。

「なあミトナ、許してほしいことがあるんだ」

アルトナの声は、さっきよりも柔らかかった。きょとんとした私に話し続ける。

「生まれ方を選べないやつでも、生き方を選んでいいよな?」

はっとして顔を上げた。彼の口端には微かに笑みが浮かんでいた。

それを見て私は、力強く頷いた。


「町を歩き、王宮を訪問すると…?」

「ああ」

ハリドはきょとんとしている。

「危険すぎます。いつどこで刺客に襲われるか分かりません」

「それを承知でも行かせてほしい」

モトラの忠告の意味を十分に理解したうえで、アルトナは自分の意見を曲げなかった。

夜食を食べている食卓の空気が緊迫したものになる。

「我々には時間がないのです。行動が遅れるほど、民の苦しみは増していきます」

私たちは全員手を止めて、ハリドに対するアルトナの言葉を待った。

「…俺は、あの王の息子だ。いくら暴虐でも、倒すには理由が、迷わぬ歩みがいる。王が築いたものを知ったうえで、真正面から反逆するのに必要な布石だ」

「あなたが私情を挟むような剣士だと思ったことはありませんぞ」


「お願いします。アルトナさんを、行かせてあげてください」


シラナが突然立ち上がって深々と頭を下げた。一同全員が唖然とした表情でそちらを見やる。

「お願いします」

頭を上げずに、シラナはもう一度言った。

「アルトナさんは、自分の過去に刃を向けようとしているんです。それは誰にとってでも苦しいことなんです。自分の選択一つで、家族の命を決めるとなればなおさらです。だから、せめて、一番後悔しない方法を選んで欲しいんです」

「わ、私からもお願いします!」

気が付くと、自分も立ち上がって頭を下げていた。

「僕も、アルトナは決定するべきだと思う。お願い」

ガイレルも立ち上がった。

ハリドとモトラはあっけにとられていた。彼らの言い分も決して間違ってはいない。それでも、仲間として、アルトナに決定し行動してほしい。ここで民の苦しみを見て、王宮を理解しておかなければ、決定的な瞬間に迷いが生じるだろう。そうして生まれる後悔を引きずってほしくない。


「…分かりました。アルトナ様が心を許したあなたたちがそこまで言うなら、一日だけ自由に移動しても構わないものとします」

二人ともついに折れて、アルトナは安心したようにため息をついた。

「寝返ったりしないさ。安心してくれよ」

そう呟いた彼は、少し満足そうだった。

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