46.微香
ロナ王国に近づくにつれて、アルトナの口数は減ってきている。
普段は私をからかっているような場面でもぼんやりと遠くを見ていることが多い。
それはたぶん、いよいよ彼が何者なのかを自分で話そうと決意する前の準備なのかもしれない。だとしたら、私は待つ。きっと他の二人も待っているのだ。
騎馬の影が遠くに見えて、私たちは足を止めた。ならず者かもしれないと身構えたが、アルトナは動じない。こうなることはずっと決まっていたみたいだ。
「アルトナ様、よくぞご無事で!」
「ハリド、モトラ。久しぶり」
旅館が焼かれたときに助けに来た二人だった。
馬から降りてアルトナにうやうやしく頭を下げ、私にも軽く一礼した。
「後ろの方々は…?」
「仲間だ。信頼していい」
「左様でございますか」
モトラとアルトナが淡々と会話するが、後ろのガイレルとシラナは唖然としている。
「あの、ミトナさん?この人たちを知っているんですか?」
「うん。たぶん知ってると言っていいんじゃないかな」
「…ほんとですか…」
私は彼らのことを何も知らないし、彼らも特に私のことをよく知っているわけではない。面識はある、ぐらいの距離感が適切だろう。
「門衛に話は通してありますので、通常の旅人と同じように通過してください」
「もとからそのつもりだ」
それからしばらくの沈黙ののち、アルトナはひどく苦しそうに口を開いた。
「…ここからロナ王国の入り口までには十分に時間がある」
そう言って話し始めた。それはアルトナにとって、彼の恥辱そのものといっても差し支えない話だった。
妹は正式な王位継承者で、父はロナ王国の国王。
肝心の彼は、何者でもない。
アルトナは国王と女中との隠し子だった。それを兵士長モトラから聞かされたのが六歳のころ。
やんちゃというよりも後ろ暗い乱暴な性格がそのころから形成され始めた。城中の大半の人間からは無視を決め込まれ、妹と会話する機会も、年に一度あるかないか。数少ない友人はみんな他国の王子や姫で、頻繁に会えるわけでもない。
彼は十二歳で王族の身分を剥奪され、貴族の末端と同様の扱いを受け始めた。
それからしばらくして女王が亡くなったとたん、王は急速に狂い始めた。
何度も法を変え、外国との関係も悪化させている。無実の人間を処刑することも多くなった。
城内では妹を早く王位につけ、王を挿げ替える革新派と、王をそのままにする保守派の二つに分かれて静かに血みどろの論争が巻き起こっている。
王はその争いに終止符を打つべく宿屋に兵を送り込んだ。そうはさせまいと革新派の幹部であるハリドとモトラが急行し、アルトナは一命をとりとめた。
事態は好転しているとは言えない。アルトナの妹であるフレトナ姫が最も次の王位に近いといわれているが、そのフレトナ姫も革新派に属しているため、日々保守派からの刺客に怯えて暮らしているという。
「血のつながらぬ俺を兄と慕っている。皮肉なことだがな」
アルトナは自嘲気味に呟いたが、私にはフレトナ姫の気持ちが痛いほどわかった。
「…事態は最悪を迎えつつあるのです」
ハリドは私たちに話しかける。その声は危機感を帯びていた。
反対派の粛清。
王は秘密裏に兵を集めて鍛錬させ、ある日一気に革新派を根絶やしにするつもりだという情報が入ってきたのだ。そして、王の政策に反対していると思われる民衆もまとめて投獄するとのこと。
そうなれば国全体が内戦でぼろぼろに弱っていき、エギル国やサンチマル国ですらも支えられないような大惨事になりかねない。その隙に北の六国がロナ王国の領土や民を根こそぎ奪い去るようなことがあれば、人類の政治や領土のバランスは崩壊する。
狡猾な六国の侵攻を阻止するためにも、王には引き下がってもらわなくてはならない。
「我々が目をつけているのはボリ大臣だ」
ハリドは言う。
ボリ大臣は保守派の中心人物で、新参の官僚だったがみるまに出世して、王の信頼を勝ち取った人物だ。
傲慢さが見え隠れするふるまいのせいで古参の部下からはあまり慕われていないが、王の庇護のために誰も手が出せないでいる。王宮内では、革新派が目立った行動もできないどころか小声での会話も禁じられている。
「…だが、実は一つだけ思いついたことがある。エギルから入った情報がその案を確実なものにした」
その情報が、記憶に新しいキルトス追放事件だった。
この件を紐解き、ある決定打を見出したという。
「民衆の反乱こそ王族にとっては死角からの一撃なのだ。盲点といってもいい。革新派の民衆が大挙してクーデターを起こせば、さすがにその動きを黙って見過ごすわけにもいかなくなる。」
私たちはそこでようやく、ハリドやモトラがアルトナを求める理由が分かった。
「アルトナ様が、そのクーデターの火種なのだ」
三大国や六国が分からない場合は、37話にひとまずの説明がありますのでそちらをご覧になっていただければ飲み込めるかと思います。




