41.為政者の器
目の前で、ミトナが倒れていく。
全てゆっくりに見えたけれど、実際のところは残酷なまでに俺の体が動かない。
兵士たちの影に隠れて表情は見えなかった。
「クソッタレが!」
次に声が出た時には、もうそれまでの考えは消し飛んでいた。
長剣を引き抜き、勢いよく横なぎに振る。
剣の腹で長槍を持つ兵士の頭部をひっぱたくと、兵士たちは吹っ飛んでいく。
ミトナはその頭をエミイが膝の上に乗せている。
「しっかりして!しっかりしてよ!起きて!」
エミイは涙で顔をくしゃくしゃにして必死に叫ぶ。
その膝に乗っている顔は、どうしてだか非常に穏やかだった。
シラナは必死で魔法による治療を施しているようだったが、明らかに間に合っていない。
「何笑ってんだ…馬鹿が……!」
声をかけようと口を開いたその時、背後から声がした。
「貴様、わが配下を攻撃したな?」
キルトス大臣は怒りに燃えていた。
そのさらに後ろの女王エシトラは、なにやら目を閉じている。
「女王…さすがにこの行為は許されざることです。武器を抜き、公の兵士を攻撃するなど、あってはならぬことです!いかに他国のものといえども、処罰せぬわけにはまいりませぬぞ!」
キルトスは振り向きながら大声でエシトラに話しかける。
話しかけられた本人はゆっくりと目を開いた。まるで心地よい眠りから覚まされたように、疎ましく思っているのがありありと見て取れた。
「アルトナ。武器を置け。」
事務的な命令を放った後、エシトラはもう一度目を閉ざした。
俺はその命令に従い、ゆっくりと剣を床に置いた。
「衛兵よ、ここに来い!この者たちを包囲せよ!」
キルトスが声を張り上げると、おそらく扉の後ろに控えていたと思われる兵士たちが20名ほど集まり、俺たちを円形に取り囲んだ。
「女王の眼前で我が名誉に泥を塗るような無礼を働くような輩は許さぬ!私が直々に成敗してくれよう!」
そう高らかに宣言した後、ローブの袖からまがまがしい色味の球を取り出した。
「……あれは」
大臣の右手の球は、伝承が記された書物にその存在を危険だとされていたものだ。
「この『紫霊珠』と私の力で、貴様らなど嬲り殺してくれる!」
「大臣!教祖!大臣!教祖!」
周囲の兵士は上気して叫んだが、俺は内心で何か恐ろしいものの存在を感じ取っていた。
紫霊珠が本当に書物の通りの代物ならば、異常なまでの情緒の変化も頷ける。
そして、これから起こる緊急事態についても、考えたくもないが、予測はつく。
俺は足元に置いた剣につま先で触れた。場所を確認して、隙あらばいつでも逃げ出せるように。
兵士20人くらい、俺にとっちゃどうだっていいことだが、手負いと女性二人を連れ、しかも目の前にいつ爆ぜるかわからない火薬庫のような奴が立っている。
「シラナ…ミトナは無事か」
「分かりません…!血を止めるのが遅かったかも…」
「くっ…腐れ僧侶が」
背中に嫌な汗がにじみ、心臓が急ぐ。
めったにないことだが、俺は焦っていた。
その時。
「外の兵士よ!城門を見てまいれ」
玉座から立ち上がり、凛としたよく通る声で、女王エシトラは命令を下す。
自称大臣などよりもはるかによく聞こえる、威厳を帯びた声だ。
外から「王命は我なり!承りました!」と聞こえた。
「女王…?」
怪訝な顔のキルトスが振り向く。
女王はどっかと玉座に腰掛け、大臣に語り掛ける。
「為政者はとはな、民の存在によって成り立つのだ。国力とは、言い換えれば民の力なのだよ。そして、民とは『変化し、進化しうる一つの巨大な生物』なのだ。為政者が為政者であるためには、為政者が民の親でなくてはならぬ。」
キルトスは押し黙っている。エシトラは続ける。
「為政者は決して富を支配してはならぬ。国民を支配してはならぬ。信じるものを押し付けてはならぬのだよ。いかに凡庸な君主であっても、この理を知っておれば道を踏み外しはせぬ。権力はうらやむべき存在であろうか?富や栄誉は誇りに置き換わるであろうか?答えは否だ。むしろそれらは最小限でなければならぬ。民の変化に合わせて、富を分けるのが王だ。国益のためなら己の名誉など厭わぬのが王だ」
エシトラは立ち上がり、厳かに俺を、瀕死のミトナを、必死に魔法をかけるシラナを、傷だらけで不安そうなエミイを、俺たちを囲む兵士を、そして大臣キルトスを見下ろした。その姿は、まぎれもなく王だった。
どたどたと足音がした。
兵士が息切れしながら扉の前で報告する。
「城門の前で、地下街の民衆が叫んでおります!」
「なんと申しておる」
「はっ!代表者は、『城の僧侶から、女王の為政を大臣が妨げている様子を聞く。また、地下街の罪なき住人を殺めようとしている。これを即刻開放すべし。また大臣を当国より追放し、信教の自由をより大々的に喧伝されたし』…とのこと」
「なっ…!?」
慌てふためく大臣を見て、エシトラはふうっと息をつく。




