39.起き上がる
「ガイレル」
ペンダントから声がした。
「外の様子を見たければ私に声をかけなさい。目を貸してあげよう」
石の巨人の声だ。喋れたんだ、と思いながらうなずく。
「ありがとう…えーっと…」
「私の名前はフェイマルだ」
「うん。早速頼めるかな」
返事のかわりに、目の周りに翡翠色の光が現れたのが分かった。
外では兵隊が何人かで打撲痕のあるエミイを囲み、さらにその周りを無数の人間たちが囲んでいた。
「返せよ!オレたちの仲間だぞ!」
「あたしが赤服どもを殺してやる!どきなあんたら!」
「簡単に通すか!馬鹿どもが!」
なんとしてでも通行を阻止しようとする住民たちだったが、先頭の男が槍を高々と掲げると、みんな黙ってしまった。口封じの呪文だ。
「貴様らは街ぐるみで魔物を擁護して、国家転覆をはかった大罪人どもだ!処刑が済めば、揃って火炙りにしてくれよう!」
悔しそうな顔の人々から言葉は出てこない。流石に出ていくべきだろうと扉を押したが、店主の力が加わっていた。再び視点を外に移す。
無理やりに道を開けて、再び僧服たちは地下街の入り口から階段を登っていく。それをみんなでなす術なく睨んでいた。
「…まずいね」
「うむ。相当に苦しいな。とにかく、もう見なくてもよさそうだ」
「ありがとうフェイマル」
ペンダントは発光しなくなった。
店主が扉を開ける。声も出るようになっていた。
「もうよさそうだ…よくはないが。ったく、よそ者にまで迷惑はかけられんからな。閉じこもっといてもらったが…」
「大丈夫だよ。シラナも無事」
「そうか…なら最悪は回避できたな。」
シラナは眠っている。まだ起こしたくないなあ、と思って顔を見ていた。
「いっぺんにこんなことが起これば、飛び出したくも悲観したくもなる。寝てた方がいい」
店主の意見には賛成だったので、魔法を解かずに抱き上げて、店主の奥さんのベッドに寝かせた。
「…かわいそうな子なんだよ、シラナは」
奥さんはぼつりと呟いた。
「そうなの?」
「ああ。お父さんは兵士として死んで、お母さんは戦地を横断するときに殺されたんだ。シラナはこの地下までたどり着いて、それ以降みんなで娘のように親しんできたのさ。」
奥さんはシラナの額を撫でた。みんながシラナを大切にしているのは、そういうわけだったのだ。
「…エキリマース教が国教になって、この街の誰かがエキリマースに入らなきゃダメだった時も、進んで志願した。そうそうこんな子はいないさ」
そこまで話してから、奥さんはため息をついた。
「エミイだって、シラナのおかげでいい子だって分かったんだ。エミイも最初はどぎまぎして人に怯えてたけど、シラナが背中を押したから街に馴染んでるのさ…こんなことになっちまうなんてね」
ボクは、エミイのあざだらけの姿を思い出して、ふつふつと怒りが湧いてくるのを感じた。
扉が開く音がして、玄関から店主が入ってきた。奥さんの後ろの椅子に座る。
「わけを話して、集会を抜けてきた。だが…決起の日はもうすぐだろう。あんな真似をされて、黙ってはおれん」
ボクがシラナを見ている間に、奥さんは店主の向かいに座っていた。
「でもあんた、決起と言ってもどうするか決めてんのかい?やるなら失敗できないじゃないか」
「だから、よその力を借りるのさ。そいつらが外で大勢を引きつけてる間に、俺たちが内部から攻め入るって寸法だ」
「よその力…?信頼できるのかい、それは」
「ああ。バーヴルという男と親しい奴がいる。バーヴルが軍を率いて敵を引きつけるらしい。」
知らない人だけど大丈夫なのかなと思ったが、引きつけるのはコツさえおさえていたらなんとかなると先生も言っていたし、多分なんとかなるんだろう。
どんどんとノックが鳴る。店主が出ると、仲間だと思われる男が顔を出していた。声をひそめて、時々、こちらをチラッと見ながら話している。
「分かった…」
ドアは閉まったが、まだ人が待っている気配がする。
店主が再び椅子に座ると、奥さんが何があったのと聞いた。
「シラナに、エキリマースから召集命令がかかった。地下街の入り口で連絡官が待ってるそうだ」
「馬鹿をお言いでないよ!あの子に必要なのは心を落ち着ける時間だろう!追っ払っちまいな!」
即刻反論した奥さんに、店主は頷く。
「勿論そのつもりだ。…まだそこにいるか?そう伝えてくれ」
「いえ、大丈夫です。行きます」
ボクが会話に気をとられている隙に、シラナは起き上がっていた。
「無茶だ!行くべきではない」
「…行かせてください。助けたいんです。」
シラナは深々と頭を下げた。夫婦は何も言えなくなってしまった。
「うん。いってらっしゃい」
ボクはそう言って送り出した。
その声に反応して、奥さんはボクの胸ぐらを掴んだ。
「なんてことするんだい!死ぬかもしれないんだよ!」
「待て」
店主が奥さんの腕をそっととる。
「シラナ、行きたいんだな?」
「はい!」
「なら行くんだ!俺たちはすぐにでもバーヴルに連絡を取り、エミイの処刑までに作戦を実行する!」
「あんた…!」
シラナは駆け出して、扉を開けた。きっとそのまま入り口まで走るだろう。
「こうなりゃ腹をきめるしかないようだね」
奥さんはいよいよ覚悟して店主を見た。
「…ボク、シラナのあとを追いかけて来ます」
店主はこっちを見た。それから、迷わずに「任せたぞ」と言った。
ボクもシラナと同じように、ただ速度はもっと速く駆け出して、薬屋を出て行った。




