35.女王と私
「先ほど話したことは、あくまでも世界各国の王族の認識じゃ。ここからは、私の推測ということになる」
「推測ですか」
「気に入らぬようであれば止めておこう。」
「いえ、聞かせてください」
思わず前のめりになってしまったが、細かくても推測でもとにかく何でも聞いておきたかった。
「分かった。…結論から言えば、彼は囚われておる」
「え?囚われて…」
「そうじゃ」
強く首肯して、女王は話す。口調は先ほどより重かった。
「彼はスノッリとエギルに知らせをよこし、またスノッリとエギルもその役割を受けた。勇者に就任した当時は、彼は各国から白い目で見られておった。だから本来人類で支援すべきはずが、少数で任務をこなせと言われたのじゃ。もしどこかがひそかに助けようものなら、その国は糾弾されていたほどの険悪さじゃった。そんななかで唯一国との接触を図るチャンスこそが、報告であった。…そこまでの貴重な機会を、自分から切るとは思えぬ」
兄が勇者とは思えない仕打ちを受けていたことに驚愕した私をよそに、話を続ける。
「彼らは自力で山賊を打ち倒し、国を通過し、自分で魔王城への船に乗った。船に乗ったという報告が最後じゃ。そこからは手紙を出せない環境にあるということじゃな…しかし、魔王の領地にも、手紙を出す場所がある」
「そ、そうなんですか?」
「…そうか、お主は魔王の領地に出向いたことがないのか。昔、国際会議に魔王が出ていた時に、たまたま私も呼ばれたことがあってな、技術力は人間と変わらなかった。会議が終わってしばらくしてから、より人間との溝を埋めようと人間との連絡手段として郵便局が建てられたのじゃ。そういうところがあるにも関わらず、連絡がないということは、囚われているとみていいじゃろう」
ふう、と息をついて女王は天を仰ぎ、話を続ける。
「魔王には何度か会ったことがある。何に対しても、誰に対しても厳しい。規律違反にもな。」
そこで、何かに気づいたように視線を上げた。
「…もしかすると、勇者は余計なことを言ったかもしれんな。彼は情に厚い男だ。国内での他の危機を知らせて、そちらの方の助力も願ったやも知れぬ。そこが魔王の厳格さに引っかかったとも考えられる」
「国の危機…?」
「うむ。それについては、ミトナとアルトナの二人に同時に話そうと思う。」
国の危機。
私には想像できなかった、新しい不安。
「あまり神妙な顔をするな。まず果たすべきは己が義務じゃ」
「は、はい…」
さらっとそう声をかけられたが、この人は国の危機が怖くないのだろうか…。
せいぜいよそのことと割り切ってしまえたならばそれまでだろうが、それにしてはあまりにこの国の役割は重すぎる。
「ところでミトナや、アルトナはどうじゃ」
「えっ?」
えっ?なんて礼儀も何もない返事が口から飛び出てきて、自分で自分を引っ叩きたくなった。
「どう…というのは…」
「アルトナの人物評を聞いておる。どうじゃ」
「あの…えっと、口が悪いです」
浅い。
明らかに物足りない。
慌ててこんなことを口走る自分が恥ずかしくて、頭を抱えてしまった。
女王は横でけたけたと笑っている。私でよくそこまで笑えるものだと感心するくらいだ。
「そうかそうか、ふふふ…あーおかしい。確かにそうじゃ。そうじゃろうとも。」
「あっ!で、でも…や、優しい…です。」
必死で絞り出した言葉は、さっきの何千倍も恥ずかしい言葉だった。
何が理由かもわからないまま恥ずかしさがこみ上げてきて、私はもう黙って冷や汗を流すくらいしかできなかった。
「おやおや、真っ赤ではないか。」
咄嗟に言葉が出てこずに勢いよく頭を下げると、女王は手をひらひらと振った。
「いや、よいよい。嘘をつくことが利益になるだの信頼できるだのと勘違いする馬鹿のまあ多いこと。にしても、やはり児に見えてしまうのう」
自分の口は信じられないくらい動かないということを、永久に忘れてはならない。
忘れて喋ろうとするからこんなことになるのだ。
こんな重要な局面で喋れなくなるとは思わなかったが。
「勇者ははきはき喋る男であったが、お主は喋るというより芯が強い女子じゃのう。自信を持ってよいぞ」
「ほ、本当ですか」
恐る恐る尋ねると、女王はにこやかに応える。
「私は嘘が下手じゃ。わざわざ嘘をついたりせぬ」
さっきの演技、物凄く怖かったんですが。
私、思いっきり騙されたんですが。
あれって下手なんですか。
「さてと、そろそろアルトナとも話さなくてはのう。名残惜しくはあるが…ミトナ、呼んで参れ」
「はい!」
私は気力を振り絞って立ち上がり、よたよたと扉の方に歩いて行った。




