32.家
「狭いですが、どうぞ」
僧侶シラナがドアを開く。
まるで岩肌をそのままくりぬいたような壁面。広くて殺風景な床も石でできているが、その上を覆うカーペットがその外見上の硬さを和らげているように見えた。さらに敷かれた二人分の分厚い布団と思しき布の頭側に食卓と炊事場があるようで、もこもこと煙が上がっている。
肌に丁度いい暖かさの室内は、とても快適に思えた。
「ありがとうございます…」
「いえいえ、困っている人がいたら助けなくては」
シラナはニコニコしながら、炊事場の向こうのドアを開けて新しく布団を取り出した。
「楽しい?」
エミイの問いに、シラナは「うん」と答えて続ける。
「久しぶりのお客さんだからね!眠れるかな」
「ちゃんと寝てね」
「大きいですね」
ガイレルがエミイに言う。
「うん。ここの人たちはお姉ちゃん以外エキリマースを信仰してないから」
丁寧な口調に首を傾げながらも、エミイは見上げながら説明した。
「街の人はたくさんのものを貰いすぎて、無くすのを怖がってるから、私たちに見向きもしなかったけど、この地下の人は私たちのことを知ったら泣くくらい同情してくれて、ここをくれたの」
「そうなんだ…ここ、いいとこだね」
ガイレルの感想に大きく頷いて、エミイはシラナが布団を敷くのを手伝った。
「しかし…気のいい奴らがいるもんだな。案外地下も捨てたもんじゃねえな」
アルトナが荷物を下ろしながら感心して言う。
シラナが布団を整えながら答える。
「そうですね…でも大抵の場合、悪い状況から抜け出す方法を思いつかないからなす術なくここまで来ることが多いみたいです。」
視線を伏せて続ける。
「貧しくて文字が読めなかったり、捨てられて誰も育ててくれなかったり…皆が苦しいことを知ってるから、人が苦しいことだって分かってくれるんです。一見すると悪そうに見えるかもしれないけど、優しいですよ」
話している表情は嬉しそうだった。
今日はここでお世話になって、明日は各自別々に行動することにした。
思えば、こんなに沢山屋根の下で寝る旅はそうそうない。喜ばしいことだったが、野営になった時が心配だった。
翌朝、といっても日の光がないので分からないのだが、とにかく翌朝、私達はシラナにとんとんと肩を叩かれた。「朝ですよー」人を起こすにはあまりに優しい声だったのでもう一度寝そうになったが、気力を振り絞ってなんとか起き上がる。
ガイレルは既に立ち上がって体操をしていた。私たちとは違う慣れだ。「おはよー」こちらも気の抜けるような挨拶を私にする。
アルトナものそりと起き上がり、口をもごもごさせながら半分寝ているようにぼーっとしている。
「今日は…オレとミトナで役所に行くのか…で、ガイレルは街で買い出しだな」
アルトナが誰も聞いていない今日の予定を呟く。
「ご飯ができましたよ」
シラナが私たちに声をかけた。じゅうっと何かが焼ける音が聞こえた。エミイは食卓の準備を整えている。「え、いいんですか」
私が言うと、シラナは頷いて
「ええ、困っている人を見過ごせませんから。それに、お客さんは珍しいですからね」
と、私の心の汚れが消し飛びそうな笑顔で嬉しそうに言った。
「あああ…もう救われました…」
「え?どうかしましたか?」
「いえ、ありがとうございます!」
三人で食卓につく。おはよう、というエミイの挨拶に、私はこの上なく上機嫌でおはようと返した。アルトナには奇怪な目で見られた。
「量は少ないかもしれませんけれど、大丈夫ですか」
「むしろありがとうございます!」
「むしろって何だよ」
「改めて言われると分からなくなりました、聞かないでください」
膨れる私をニヤニヤしながら眺めるアルトナをなるべく気にしないように、私はスープをすする。
「せっかくですから、地下の皆さんにも挨拶していってください」
今日の私たちの予定を聞いて、シラナが言った。
「地下の人はあんまり馴染みがないんだけど、大丈夫かな」
ガイレルがぼそっと漏らす。エミイは
「大丈夫だよ。口が悪いだけだから」
と教えていた。それはそれで怖い。
「地下で買った方が安いよ。地下ではよその国と同じ値段で売ってて、上では観光客と信者以外には高く売ってるから」
エキリマース教は聞けば聞くほど嫌な臭いがする宗教だ。国教なのに、未だにいい印象がない。
「じゃあ地下で買うよ、怖いけど」
「お前が怖いって言ってもな…幽霊すら叩き殺しそうなデカさなのに」
「ガイレルは見た目よりはるかに繊細ですから」
「そうだよ、繊細だよ」
「何だよその相槌は」
協議の末、エミイがガイレルと一緒に行動することになった。いざとなったらエミイの後ろに隠れそうなガイレルが心配ではあるが、私達は別の心配があった。
私達は正式な手続きを踏んでこの国に入っていないのだ。その手の許可が降りていないと会えないだろう。
「そうでしたね、皆さん、迷ったんでしたね…正直に女王や門衛さんに言えば、時間はかかるかもしれませんが、改めて国に入ったという認可を貰えると思います。そこから面会許可を得ましょう。」
シラナのそのアドバイスに従うことにして、私達は怯えるガイレルと一旦別れた。




