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勇者の妹  作者: 虚言挫折
第三章・エギル
31/99

31.体の炎

見たことがなかった。

魔法が暴走しているわけでもない。

服には引火していないのか、衣類が燃える気配すらなかった。

「迷ってるんでしょ…?」

ぼそぼそと喋るが、声は聞き取れる。

アルトナは、自分がしゃべればいいのに私の背中を小突いてお前が喋れと暗に語っていた。

「え、えと、その、あのですね、は、はい…?」

何だこの返事は。

自分でも信じられないくらいの弱々しい声に、思わず愕然とする。

「そんなに怖いことがあったの?」

今がまさに怖い。こんなに会話できない自分が怖い。

怯えていると勘違いされてしまった。

とにかく深呼吸をする。

「わ、私たちは…地上の宿屋に泊まりたいんだけど、どうすれば行けるか分かる?」

「宿屋?今、夜だから兵隊さんが街を歩いてるよ。危ないよ」

燃えながら、少女は答える。

そうだった。魔法の訓練で気絶して今日の晩に起きて、ご飯を食べ終えてそのまま逃げてきたんだ。

この分では泊まれない。

地下街の治安は格段に悪いと言われており、野晒しで寝ようものなら体ごと売り飛ばされる。

とりあえずお礼を言ったが、どうしたものかと悩む私たちは活路を見出せずにいた。


「あ、いた!」

奥から声が聞こえた。

女性の声だ。この少女を探していたらしい。

足音と共にその姿が近づいてきた。

白いヒラヒラしたパジャマを着ている。息切れしながら駆け寄ってくるにつれて顔が見え始める。髪は真っ白で長く、水色の瞳は驚きを浮かべていた。

「お姉ちゃん…」

「ダメですよ、ここにいたら…あれ?」

キョトンとして、女性はこちらに気づいた。

「いかがなさいましたか?」

「いや、あの…迷いまして」

私がおどおどと答えると、女性は信じられないといったふうに首を傾げた。

「そうなんですか…ここまで迷う人はあまりいませんけど…」

言葉に詰まる。

「お姉ちゃん、この人たち、悪い人じゃなさそうだよ」

素晴らしい助け舟が出た。

少女はなおも赤く燃えているが、その炎が後光に見えた。

女性は表情を和らげて答える。

「それもそうだね。でも、この時間はあんまり出歩いちゃだめだよ」

それからこちらに向き直った。

「分かりました、宿まで案内しましょう!…どちらの宿にお泊まりでしたか?」

「それが…僕たち、今日ここに来たばっかりなんです」

ガイレルがいきなり喋り始めたので、びくっと震えてしまった。

というか、大分背丈が大きいから、暗がりに立ってたらかなり怖い。

「そうですか…どちらにしても、朝まで地上には出られませんから、今日は私たちの家に泊まっていきますか?」

「うん。泊まってよ」

喜ばしい提案だった。

「いいんですか?」

私が恐る恐る聞くと、少女はこくん、と頷いた。

女性は「是非」と言ってくれた。

「ありがとうございます」

ここで初めてアルトナが口を開いて礼をした。

最初から喋ってください、ずるいですと言いそうになったが、どうにか我慢する。

「それじゃ、案内します」

女性は眠そうな笑顔でそう言った。


「私ね、半分だけ魔物なの」

家に向かう途中の道で、少女は告げる。

「火の塊の魔物が人間を焼いて、その灰から生まれたの。」

「…そういうことがたまにあるらしいな。交配せずに生まれる、魔物と人間のハーフ」

アルトナの言葉に頷いて、少女が言葉を続ける。

「この火は熱くないけど、私はずっと、恥ずかしさで焼け死にそうだった」

暫く静かになった。微かなはずの足音がとてもよく聞こえる。

「お姉ちゃんが…シラナが、私を見つけてくれたの」

先頭を歩く女性ーーシラナは、ガイレルと話しながら進んでいるため、こちらの会話は聞こえていない。

少女は少し照れているみたいに話している。緋色の目が気恥ずかしさを映していた。

「お姉ちゃんは優しいけど、優しすぎるから、たまに怖くなる…何かで壊れてしまわないかって…」

声を窄めた途端、シラナが少女に声をかける。

「エミイ、みんなついてきてる?」

「あ、うん。大丈夫だよ、お姉ちゃん」

シラナの顔はとても整っていて綺麗だった。

それに、見ているとなんだか落ち着く。

「お姉ちゃんもお姉ちゃんで、沢山大変なことを超えてきたから、私に重ね合わせたのかもね」

「…いいお姉ちゃんだね」

私は心からそう言った。

「にしても、何でそんな話を俺たちにしてくれるんだ?」

アルトナの疑問に対して、少し考えてからエミイは答える。

「何でだろう…あなたたちが、お姉ちゃんを騙すとは思えなかったからかな…」

「そっか〜…ありがとうね〜」

とても素直な少女だ…アルトナとは違う、と言おうとしたら、なぜかそのアルトナがこちらをチラリと見遣ったので、それは心にしまっておくことにした。


「さあ、着きましたよ!」

シラナは元気に告げた。

ドアがおまけでついたような洞穴のような入り口が、階段の上に見えていた。

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