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勇者の妹  作者: 虚言挫折
第一章・スノッリ
3/99

3.一夜

歩いていると、騎士がじろじろと見られているのに気がついた。ふとその顔を見ると、嫌そうな照れているような微妙な表情を浮かべていた。

見られるのも無理はない。顔立ちは整っていて背もすらりと高く、刺すような青い目、金髪。やや燻んではいるが、なおも白く高貴な雰囲気を放つ鎧。目立たないはずがなかった。

「この城下町は嫌いだな」

当人はそう呟いてもっと早く歩けと私をせっついた。


ようやく宿屋についた。

既に日は暮れて、暗い青が夕焼けのオレンジを建物の隙間に詰め込むように沈めていた。

幸いなことに、もう満員だと思っているのか、人は少なくまばらだった。

「部屋は空いてますか?」

私がカウンターまで歩いて尋ねると、受付は帳簿を確認した後にこやかに答えた。

「お客様、ラッキーですね!一部屋だけ空いてますよ!」

「え、ホントですか?でも一部屋ですか…できれば、小さくてもいいからもう一部屋…」

嬉しいような戸惑うような私の表情が見えていないかのように、受付は顔を保ったまま流れるように言葉を続ける。

「先程キャンセルが出て空いているのです!はい、ではお部屋の鍵をお渡しします!」

「え、あの」

「えーっと…はい、こちらが鍵になります!3階の206号室ですので、お間違えのないようお願いします!それでは、ごゆっくり!」

私はほぼ何も喋っていないのに押し切られてしまった。すごすごと騎士の元へ報告に帰る。

「あの、部屋がとれはしたのですが…一部屋しか」

「それでお前、おどおどしてたのか」

あーあ、と落胆しそうな表情を浮かべて、

「人と話すのがホントに苦手なんだな…同情するよ」

とこれまた深く傷を抉る一言をいただいた。

「今日会ったばっかりなのに二度も同じことを言われるとは思いませんでした」

「俺は嘘をつけない性格なんでね」

さらっと放たれた返答に対して、私は咄嗟に思い浮かんだ事を言ってしまう。

「…?それは嘘ですか?」

「うるせえ、ほっとけ」

ムッとしながら騎士はぶっきらぼうに答えた。


そこそこの量の荷物を部屋の隅に置く。

冒険者としては多いが、普通の旅行者なら少ないくらいだ。

部屋の窓は信じられないくらい小さかった。何人もの人がここでミイラのように干からびたのだろうかとくだらないことを考えていると、騎士が一つしかないベッドにどっかと腰掛けた。

「状況整理といこうか」

「はい」

小さなテーブルに置かれたランプを挟んで向かい合う形で、騎士は話し始める。

「まず、俺はここに来て通行手形の期限が切れ、再発行の為の戸籍がなかったので役所で少々モメていたところをお前に呼び止められ、戸籍と手形を発行するという約束を取り付けて今に至るということだ。」

かなり簡単に纏めてこれまでの状況を語る騎士に、私は大事な要素が抜け落ちていると思って付け足した。

「その途中で言われなき誹謗中傷を受けました。」

「それで…お前の目的はなんだって?」

スルーされる。仕方なく、質問に答える。

「魔王の城まで行くことです」

「そりゃまた結構なことだな…何でだ?」

「お兄…兄を探す為です」

「今お兄ちゃんって言いかけたよな」

「気のせいです」

恥じらいを押し隠しながら食い気味に否定すると、騎士はほう、と少し興味を持ったようにまた私に質問する。

「兄貴が見つかればいいってことか。でもただの人間が魔王の城まで行くかね…」

「それはまた後で話します…とにかく、情報を集める為にまずはスノッリまで行きたいんです」

「そうか…まあ3日で着くだろうな」

「そうですね、大体そのくらいだと思います」

私はある程度、都市間の距離や移動時間は考慮してきた。だから、3日という目算は正しいことが分かる。

「じゃあとりあえずそういう事で。寝るか」

「あれ、私…床ですか」

「…これじゃ、野宿の方が気持ちが楽だな」

一つしかないベッドに視線を落として騎士はぽつりと呟く。

「…床でも全然、私は大丈夫です」

私の折角のフォローを、騎士は本当かという顔で台無しにした。やっぱりまだ信用ならないんだなぁと実感して、私はごろりと床に横になった。

「ホントにいいのかよ…」

「大丈夫ですよ。おやすみなさい」


夜が更けて、私達の部屋は信じられないくらい蒸し暑くなった。

私はすっかり目覚めてしまい、だらだらと汗をかき始めた。薄い服の内側を伝う水滴にはどうも慣れない。獣のような唸り声が口からこぼれそうだったが、それはどうにか押し殺す。

途轍もなく濃密な一日だった。この調子では、兄より先に私が発狂してしまうのではないかと不安になる。

伸び上がると、こんこんとドアを叩く音が聞こえた。少し迷ったが、用心のためドアは開けないことにして様子を探る。まさか宿屋の係員がこの時間に来るはずはないし、他に誰か夜に尋ねてくるような知り合いがいるわけでもない。…いや別に友達がそもそもいないという事ではない。それだけは断じてない。

「何でお前起きてるんだ?」

あ、駄目だ。これはまずい。

騎士は起き上がろうとしたが、すぐに状況を察知して再び横になった。だが、それが通用するわけはない。

「起きていたな。失礼するぞ」

静かに入ってくる男性二名の声に反応して騎士は起き上がる。

「…何の用だ」

僅かに眠そうな声で返事をする騎士に、片方の男性が答える。

「国へ戻ってください…今のままでは危険です」

私は一体何の話をしているのだろうと思いながら耳を傾けていた。すると、もう片方の男性が私の元へ歩いてきて囁いた。

「あなたは彼と何の関係があるのです?」

「今日知り合って、私の人探しを手伝ってくれると言ったので、今ここで寝てました」

こちら側での暫くの沈黙の後、私に再び話しかける。

「あなたは…私達のことに恐らく何の関係もない。だからあまり関わらないでほしいのだが」

少々困惑しながら言葉を続ける男性の目を、私は真っ直ぐ見て答える。

「私と彼は既に仲間です。彼の悩みは私の悩みでもあります。彼の全てを、私もまた背負うつもりです。…だから、私は聞きます。彼を一人にしたくはありません」

完全に面食らったと見え、男性は驚いたような表情を浮かべた。そして私に告げた。

「…分かりました。折れましょう。恥ずべきことを話さねばなりませんが、一人くらいは仕方ありません」


その途端。


轟音が響き、木材が焼ける匂いがした。

パチパチと爆ぜる火の音が聞こえた。

体を咄嗟に伏せていると、人の声まで聞こえてきた。

「奴ら…ここにまで」

「…ハリド。間違いなさそうだな」

先ほどまで騎士と話していた、ハリドと呼ばれた男性は無言で一つ頷いた。

「どうだモトラ。これは何の魔法かわかるか」

「初歩的な火炎魔法です。牽制のつもりでしょうが、調子に乗りすぎですな」

事態が飲み込めず呆然としている私に、さっき話していたモトラという男性が説明する。

「我がロナ王国では、国王派と国民派に勢力が二分されています。我々が国民派、今襲撃にきているのが国王派です。」

騎士がぱっとこちらを振り向いて言う。

「敵は16人。この宿を取り囲んでいる。殺す必要はない。撤退させるのを目的として戦闘するぞ」

「分かりました」

男性二人はすっと各々の獲物を取り出す。ハリドさんは二本のダガー、モトラさんは杖。騎士は長剣を知らない間に構えていた。私も荷物からどうにか槍を引っ張り出す。

赤い火に照らされる夜が始まろうとしていた。

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