27.かたまる
森長がひょいと杖を一振りすると、鉄板が揺れ始め、やがて浮遊した。
下には階段が続いており、その終わりは見えなかった。
「ついてきなさい」
言われるがままに後を追う。私達が完全に入った途端、乱暴な音とともに鉄板はもとの位置に戻った。
「魔法とは、生物や植物の放つエネルギーを用いるための方法のことを指す。逆に、無機質なモノーー鉱石や機械ーーからのエネルギーを用いるのが魔術。二つの力と様々な道具を使って働きかけるのが魔導。イメージとして、魔法は空から、魔術は地から、それぞれにエネルギーを受け取るものだと思えば良い。」
かつ、かつと足音を響かせながら、森長は語る。
私たちは一言も聞き漏らすまいと耳を傾けていた。
まだ下に続いている。相当長い階段のようだ。
「魔術は、心を操ったり、死者を召喚したり、一歩間違えたら暗く閉ざされた深淵に堕ちてしまうような危険性が伴う。魔導は、使う道具こそ本や絹などの比較的簡単に手に入るものだが、二つのエネルギーを制御しきれないために長く修行を積まねばならない。よって、人間は生物のエネルギーや杖、水晶といった道具を用いて、ある程度順当に結果が出る魔法を使うようになった。」
階段の下に着いた。空気はなぜか非常に澄んでいた。ここから先にもまだ道がある。
奥に何も見えなかった。
「しかし、どれを使おうとも、結局は使い手次第じゃ。魔術を正しく使って洪水を止めたものもいれば、魔法の禁忌を冒し、本来の姿を忘れて異形の怪物となったものもいる。臆せず侮るな。…さてと、着いたかな」
大きなドアの前で森長は立ち止まった。
「この先は、君たちに必要な場所じゃ」
大きな聖堂のような場所だった。
壁沿いに均等に並ぶ大きい柱の隙間に、同じ姿の神が立っている。
「ここは…」
「魔法堂じゃよ。私がこれから、君たちに魔法を教える。」
「魔法…」
私はなんとなくで魔法を使っている。
大体の人がそういうものだと思って使うらしい。
「知識なく魔法を使うのはおこげのうまさを知らぬままで終わってしまうのと同じじゃ。まずは色々と調子を整えるところから始めよう」
私たちは寝転がって目を閉じていた。
「感覚を養うことが第一歩だ。自分たちはどのような力を用いているのか、まずは心に、神経に刻むことからじゃ」
いろいろな光やら何やらが見えてくるらしいのだが、私には全く何も見えていない。
アルトナは既にその過程を終えていたので、焦りを感じながらじりじりと待っていた。
「あんまり焦ると見失うぞ」
アルトナの声が耳に入ってくる。
分かってます。でもやっぱり焦ります。
「一旦目を開けて」
森長が言って、私は目を開けた。
眩しくて立ちくらみがした。地下ではあるが、建材が青い光を放っているため、いきなり光量が変わると目にはよくない。
私に向き直った森長は諭すように言う、
「難しいはずじゃ。人は決して、己のみを頼ることなどできない。最初のうちは、雑念が多く紛れ込んでも仕方ないからのう。アルトナ君、手伝い方は分かるかな」
「はい」
アルトナは答えて、その場に正座した。
「膝枕してやるよ」
「え?」
事態を飲み込めずに目をぱちぱちさせていると、アルトナが自分の腿を叩いて頭をのせるようにと示している。
森長もにこにこ笑いながら頷いた。
「じゃ、じゃあ…お邪魔します」
肩に力が入って硬直したまま、私は頭を乗せて目を閉じた。
…信じられないくらい恥ずかしい。
多分顔も真っ赤になっているはずだ。
「ほ、ほんとに…これじゃなきゃダメですか…」
「色々試したが、これが一番良かった」
森長の柔らかい返事が聞こえて、ついに観念することにした。
が、心臓は通常の倍ぐらいの速度で動いている。
今まで誤魔化してきたが、私は異性に免疫がなかった。
「落ち着けよ」
アルトナが言う。続いて、掌が額に触れた感覚が伝わってきた。
不思議ととても懐かしかった。
「集中して、見たいものをはっきりと意識しなさい」
森長の声。深呼吸して、今度は強く想像する。
光。色。熱。魔法。
すると、ぽつぽつと光が遠くに見えた。
まだ待とうと、冷静さをなんとか保ってじっと光を睨んだ。
やがて、光は色を帯び始めた。
赤や青や黄色や緑…。こちらに近づくにつれ、組み込まれた色がどれだけ多いかに気づかされる。
その塊は、急速に加速した。
私はなんとか見続けようとする。だが、まるで流星群のようにあちこちに熱と光をばら撒いて突っ込んできたため、目を背けてしまった。
太刀打ちできない怪物と対峙しているように、恐怖心を煽られる。
鼓動がただでさえ早いテンポで進んでいるのだ。この非常事態のためにさらにそれを意識してしまい、考えることが全く追いつかない。
全く未知の現象の前に、私は無力だった。
どうするべきか…?森長は何も言わない。額の手の感覚だけが確かなものだ。
額の手は、少し暖かかった。
今朝、額に触れた、アルトナの手。
「あ…」
重要なことを忘れていた。私は視線を上げた。
眼前にまで迫ったその塊は、殆ど停止しているのと同じような速度で進んでいた。
額に触れた手の感覚さえ忘れなければ、どうなっても無事だと、なんとなく考えていた。
ひたすらに待つ。
やがて視界が真っ白になり、身体中に力が満ちていくのが分かった。何回か痙攣して、それでも身をあるがままに委ねながら待つ。
再び暗い無の空間が訪れたとき、私の意識は途絶えてしまった。




