26.推測
髪の毛がぼさぼさの私を、呆れたようにアルトナが眺めている。
起き掛けであるために顔はぼんやりとしか見えないが、やれやれと聞こえそうな雰囲気を漂わせていることはよく分かった。
「そんな顔すんなよ…」
「眠いんです、しょうがないじゃないですか」
「仕方なくねえよ、努力が足りねえんだろ」
「どりょく…ふああ…」
私はまた倒れて微睡の中に落ちようとしたが、アルトナの手はそれを許さずぺたりと私の額を叩いた。
「起きろよ」
青い目がすっと私を見据えた。
その眼差しで、不意にびくっと肩が揺れた。
「あ…」
「どうした?」
忘れていたが、アルトナは恐ろしく整った顔立ちをしていたのだ。油断すれば心が持ち去られる。
「おかげさまで目が覚めました」
「そうか。じゃ、支度しろよ」
既にガイレルは部屋にいないらしい。それもそのはず、私たちがだいぶ遅かったのだ。
階下の食卓にはパンの乗った皿が並べられていた。
「食べていいのかな」
「いや、もう一皿ある…待とうか」
アルトナがそう言ってすぐ、階段前のドアから森長が出てきた。
「思ったより早かったのう。まあ、旅慣れておる者は大体朝が早いのじゃが」
引け目を感じながら森長が席につくのを見ていると、
「ああ、食べてもらって構わんよ」
と言われたので、ありがたく頂戴することにした。
パンはふわふわしていて温かかったので、すぐに食べ終えてしまった。その後も、どういうわけか次々に並ぶ食べ物を無言で食べ続ける。
「実はまだ工場の下男ですら起きていない時間じゃ。話す時間は存分にある。」
森長はそう言ったが、私は何を話せばいいのか分からなかった。それをわかっているはずなのに、アルトナはのんびりと私が話し始めるのを待っている。
「ええっと、あの…森長って…なんですか」
「なんだそりゃ」
隣から呆れた声が聞こえた。
質問に対して、にこりと微笑んで森長は話し始める。
「簡単に言えば、世界中の森の総括者といったところかの。どの森にも行けるし、どの森からも帰ってくることができる。木々の声を聞き、動物を守り、人を歓迎し、悪を打ち払う。森が生まれてからずっと、私がその仕事を続けてきた。」
必死で理解しようとしたが、さらっと凄いことを言われて頭がついていかない。
とにかく、なんだか凄い人だと思っておこう。そうしよう。
にしてもまだ分からなかったことがある。
「あの…昨日、どうして私たちを助けたのでしょうか…」
森長はゆっくりと目を閉じてから答えた。
「木々が叫んでおったからじゃ。救え、救え、と」
「木々が…」
「そうとも、私は森長じゃからのう」
すると、それまで黙っていたアルトナが唐突に森長に質問した。
「俺たちはこれから…どうなるんでしょうか」
珍しく不安げな口調だった。森長はふむ、と呟き、口を開いた。
「…私は他の人と比べて遥かに多くのことを知っているつもりではあるが、未来だけは読めない。考えることである程度見通しはつくが、正確な予測は許されない。未来は、地上の生物の脳を掠めることもない。…どうなるかは正確には分からないよ。予測で構わんかね」
アルトナはこくり、と頷いた。
「君たちにはそれぞれに秘密があり、秘密があるということを明かしているようじゃな。言葉にはタイミングがある。いいかなアルトナよ、君も待つのじゃ」
私ははっとして森長の言葉を頭の中で反芻した。なぜかアルトナの名前を知っている。
「偶によって秘密は目覚める。その時が君の救いであろう。どうなる、という質問に答えがあるのなら、それはなるようになる、というものじゃ。辛いであろうが、耐えなさい。耐えられなくなったら、仲間を頼ってもいいのじゃから。」
「はい…」
アルトナは物憂げに頷いた。
森長は私の方を向いて聞く。
「ここから先、時間には余裕があるのかな」
「はい」
バーヴルの送迎のおかげで、本来の予定よりも一月分ほど早く進んでいた。こんなにも早く進むとは思っていなかったが、先に何が起こるか分からない以上、なるべく早い方がいい。
「そうか、二週間ほど時間をくれないかね。君たちに教えたいことがあるから。」
教えたいこと…?
不思議に思ったが、ここまでの人がいい加減なことを教えたりはしないだろう。
何より、内容に興味があった。
「私は大丈夫です」
そう答えると、隣のアルトナがはっきりと森長の目を見て言う。
「俺も大丈夫です、教えてください」
「ならよかった。私の教えは、きっとこの先も役に立つだろう。」
森長はドアを開けた。
ざくざくと小枝や葉を踏んで進む。
その足はとても軽やかに動き、高齢とは思えない。
歩く速度も早い。私がかろうじてついてゆけるくらいの速度だ。
「エキリマースは、君らの障壁となろう。それを乗り越えた時、さらなる高みを知ることになる。乗り越えるために必要な事を、それでいて後々まで役に立つ事じゃ」
ある開けた場所まで来て、森長は一度杖でとんと地面を突いた。
葉がざあっと消え、古びた四角い鉄板が見えていた。




