25.朝の山頂付近
ガイレルから彼らについて詳しく話を聞いた。
といっても勿論、そんなに多くのことを知っているわけではないのだが。
龍は睡眠を殆ど必要としない。そのため、まだ日も昇らないうちから家を出て、木々に彼らの様子を聞くことを容易だった。
少女の名前は不明。独特の構えで槍を使い、魔法にもある程度の耐性がある。勇敢で物怖じせず、それでいて何者も軽蔑せず。…目元が、勇者によく似ている。
少年の名前はアルトナ。彼についてはしばしば情報が入ってくる。前に会ったときはまだ赤子であったが、今はもうすっかり立派になった。あとは彼の心の傷を消し去ることが肝心だが、あの少女がいれば何も問題はない。
ランタンが光を放ち、空に舞う埃を映し出す。
書物を整理してから家を出た。
恐らく、この空気では彼女は山頂にいるはずだ。
「やれやれ…彼女は今が最も苦しいじゃろうて」
一人で、そう呟く。
翼こそないが、飛ぶことは容易かった。
ひと息に山頂付近まで辿り着く。
向こう側の水平線が明るくなりかけていた。
「…おるかの」
そう語りかける。
「も、森長…?」
若い女性の声。木々が揺れて、ローブの女性が姿を表す。
その影がフードを下ろそうとするのを片手で制して、座るよう促す。
大人しく、しかし驚いた様子でゆっくりと座る。
「あの少女を追ってきたのか」
「はい」
「…ふむ…君がここにいる時点で、何かよくないことが起こったのだということは勘付いている。だがあえて問うまい。今の君に必要なのはもっと別のことじゃ」
そう告げると、フードが少し陰り、内側から声が聞こえた。
「…私は…彼女を…ミトナを止めたかった。彼と同じ運命を辿ってしまうから。でも、彼女の意思は硬かった…うっすら気づいてはいました。止められないってことは。それでも…」
「君が気負う気持ちは分かる。しかし、まずは待つことだ。下手に動くと運命は歪んでしまう。待てない気持ちを抑えて、待ちなさい。」
細い指先が微かに震えているようだった。
「…必ず、否が応でも君の助けが彼女らに必要となる。今は苦しかろう。待つことは苦しいことじゃ。」
そう告げると、震える声でぽつぽつと語り始めた。
声から恐怖心が滲み出ていた。
「あの日のことを思うたびに、心が壊れそうになるんです。だから思い出さないようにしてるのに、鎮まってくれない…このままでは、いつか私はダメになってしまいます。もう、裂けそうです…」
彼女は自分の心の矛盾に苦しみ、また現実とのギャップにも苦しんでいた。守りたい相手であるミトナを攻撃するほど余裕がなくなり、追い詰められている。
己の手を添えて言う。
「もし君に友がなければ、森が友となろう。もし君に家がなければ、森が家となろう。先を憂うことも、自分を恨むこともない。君はそれだけの労苦を背負ってきた。報われよう」
フードの内側から、こちらを見る目の緋色の輝きが見える。深い苦しみを称えて、それでもなお高貴に光を放っている。
「私は、報われてもいいのでしょうか」
「きっと報われよう。それも、君が守る相手によってな。」
必死に押し殺そうとはしていたが、フードからは微かに嗚咽が漏れていた。
「彼女を守りたくば、守ればよい。そばにいたいのならいても構わない。必要最低限の範囲でではあるがのう。」
「はい…」
「お主の魂は非常に貴い。どのような責め苦に逢おうと、決して汚れてはおらぬ。大丈夫じゃ」
そう言った途端、堪えきれなくなって泣き出した。
肩が震えている。
「泣いたら暫くは朝日でも見て落ち着きなさい。この山にいるときの生活は支えよう。今は何も考えずともよい。むしろ何も考えてはならぬ。」
酷なことだとは分かっているが、最終的によりよい方向に向かうためには、彼女にまだ耐えてもらわねばならない。
そして、アルトナも、新しい局面を迎えることになりそうだった。
彼が奥底に隠した秘密が衆前に晒されるとき、その仲間がどうするのか。状況にもよるが、彼は大きく救われるかもしれない。
かっと朝日が射していた。
山頂近くの木々を白いオレンジに照らす。
「森長…一ついいですか」
涙声で、ぐずぐずになりながら、彼女は問う。
「何かね」
「朝日とは…こんなにも、綺麗なものでしたか…?」
フードの内側の肌を僅かなオレンジで染める日差しが、涙の跡を光芒でなぞった。
「それが分かれば、君は十分大丈夫じゃ」




