24.老龍
私たち三人は中心に寄って背中をくっつけて、各自の武器を構えていた。
もうこの空間に100以上の人数がひしめき合っている。
「…どうする…」
「どうするって…どうするんですか」
「わかんないね」
手汗はだらだらと垂れる。こんなにでてくることが今までなかったので、武器を落とさないように神経を尖らせた。
「ちょっと通してくれますかな」
老人の声だ。それも、やけによく通る声。
男性がはっとしたような表情を浮かべる。
「森長…!」
「も、もりおさ…?」
私とアルトナがキョトンとしていると、私たちを囲む円の後方がぐらりと揺れた。何人かが倒れたらしかった。
「ここであったか、ガイレル。心配したぞ」
その言葉と共に、ばん、と大きな音がして、私の目の前にいた三人が宙を待って私たちの頭上を越え、逆側の木に激突した。
瞬く間に陣形に空いた穴に姿を現したのは、小柄な二足歩行の緑の龍だった。
お世辞にも綺麗とは言えないローブを引きずって、杖をついている。長い顎髭の先端は地面すれすれを彷徨っていた。背丈は私の半分くらいしかない。
「彼が何やら、粗相を致しましたかな」
穏やかに問いかける。僧服は怒りに満ちた声で答えた。
「大司教の命令に背き、ここの木を切るなと言うのです。誅されて然るべきだ!」
「然るべきだ!」
「然るべきだ!」
たちまち「然るべきだ!」の大合唱が始まる。
私たちは固唾を飲んでことの成り行きを見守っていた。老龍は動かず、目を瞑っている。
一通り大声が終わり、静かになったところで、老龍は語りかけた。
「私はその大司教と直々に契約を交わしました。皆様が木を伐ってよい区域を指定し、我々がその場所を管理するという、大まかに言えばそういった契約です。そして、森の生き物とエキリマース教信者の、各々三分の二ずつが賛成しなければ、契約は無効にできないと仰いました。」
老龍が自然に息をすって言葉を続ける。
「ここは木を伐ってよい区域ではございません。もしそちらの都合が全て整ったとて、我々に申し開きなく契約を反故にしては、エキリマース教の名に傷がつきましょうぞ。彼の非礼はこのとおり謝罪します。ここはお引き取りを」
深々と老龍は頭を下げた。横の男性ガイレルも、倣って頭を下げる。
「最新の命令では、ここの木を伐れとのことだ!それ以前の契約など、我々は知らぬ!」
ガイレルは頭を上げた。その目には、ありありと驚きが浮かんでいた。
「…なんてことを…」
アルトナは顔を顰めた。
「くだらねえ奴ら…エキリマース教なんて、せいぜいこんなもんかよ」
「…では、お主達は侵略者じゃ。最早無事では済まぬ。森の前にひれ伏せ」
老龍から、凄まじい殺気が瞬時に放たれる。
円陣が揺れ始める。
「森長は森の総意だ。生き物や植物のことを決して見放さない懐の広さがある。でも、一度道理を踏み外したら、ただでは終わらない」
ガイレルは相変わらず無表情だったが、畏敬と恐れが入り混じった声でそう言った。
「小癪な!」
一斉に、森長に向かってさまざまな魔法が放たれる。
森長は、私たちの周囲に透明な防壁を作り出した。
それから、杖先を空に向かって掲げた。
魔法は全て勝手にその杖先に集まっていく。
「…ウソだろ」
アルトナが隣で絶句する。私も言葉が出なかった。
私たちが必死に捌いた魔法を、いとも簡単に操って、自分のものにしてみせたのだ。
それは、森長の恐ろしさを思い知らされる出来事だった。
森長は、厳粛さを帯びた声で言い放った。
「もしこの森を去ることができれば、大司教に伝えよ。優先すべきは契約であり、自身の命令ではない、とな。」
その途端、緑の雷が周囲に降り注いだ。
悲鳴が次々に雷の轟音にかき消され、僧服が次々に雷の緑に消えていく。
木々の隙間に飛び込むようにして、僧服は逃げ出した。森長はあえて追わず、なすがままにしている。
暫くすると、周囲にはアルトナが斬った死体以外なくなっていた。
「…まあ、殺す必要はあるまい。彼らはただ考えが足りなかったのじゃ」
森長はほうっと息をついた。なんであの雷で死なないくらいに調節できるのかが不思議で仕方なかったが、考えていると「ついてきて」とガイレルが私たちに声をかけたので我に帰り、慌ててついていった。
獣道を辿ってついたのは、煙突からぽくぽくと煙が出る頑丈な作りの家だった。
「大きな小屋でしょ?」
無表情ではあるが自慢げに、ガイレルが言う。
「大きいのか小さいのかどっちなんですかそれ」
「そういえばそうだね、どっちなんだろう」
「真ん中ということでよろしい」
森長がドアを開けながら穏やかに言った。
「とにかく、今日は泊まっていきなさい。何日かいても構わんよ」
入ってすぐにリビングと食卓があり、階段の前の扉の奥が森長の部屋、二階の突き当たりがガイレルの部屋で、右手が私たちの部屋だった。
案内された途端、私たちは一切の気力を失ったが、やっとの思いで着替えた。それから、私が二段ベッドの下で、アルトナが上でそれぞれが沈むように寝た。




