2.奇妙
街中のベンチに座り込んで俯いていた。
高揚感でど忘れしていたが、私は人づきあいが下手だ。昔からずっと治っていない。
山の上の家に祖父母と住んでいた時も、たまにやってくる同い年の子供たちの話と合わせることができずに片隅で静かに後光の漏れるような笑みを浮かべているだけだった。そしてそれを思い出して心の古傷が勝手に痛み出した。
先行きは大変に不安なものになり、頭を抱えて計画を練っていると、酒場での言葉を思い出した。
…確か、「昨日からガキどもにナメられて…」とか言ってたっけ。
だとしたら、その人もしくはその人達はまだ近くにいるかもしれない。
探し出して、話だけでも聞いてみよう。私のように新しい仲間を探していたのだとすれば、可能性は十分ある。
そこまで考えて、やっぱり最初は一人でできる限りのことはしておこうと決めた。何もしてないのに信用されるわけがない。噂されていた人とは、縁があればまたどこかで会えるだろうと思うことにした。…納得できるかと言われたら怪しいところではあるが。
本来の目的に立ち返って、兄の足跡を探すことにしよう。といっても、この街にはそれらしき情報はない。兄の目指した魔王城は、遥か北西に位置する。流石に長旅なのに、こんな足元で終わりを迎えているなんてことはないだろう。
だから、もっと情報があるところへ向かうべきだ。
この国の中心地、王都スノッリ。
他を圧倒する情報の砦。
そうなると、自ずと明日の予定も決まってくる。
明日は交通手形を貰い、王都までの旅に出かけよう。
今日中に手形の発行を申請すれば間に合う。宿を探し、準備を整えて今日は体を休めるのがいい。
…また役所に行くのか。
とても辛いことだ。
一度入った場所にもう一度入るほど気の引けることはない。初対面の人より、二度目三度目に会う人の方が話し方に困る。
どう言っても仕方ないことではあるが、とにかく再び出向くことにした。
役所の前まで来たはいいが、人がひしめきあっていた。一体何が起こったのかと聞くと、放浪者がいるとのことだった。しかも、放浪者とはいえ相当身なりがよく、美男子とのこと。それだけでなく、傷だらけで手形も持っていないらしい。つまり、身分不詳。
うっすら期待を羽織って、最前列にどうにか出てきた。
先ほどの受付嬢と件の放浪者が話し合っている。
「…ですので、代わりになるようなものか、もしくは身分を保証してくれる友人、知人を紹介できますでしょうか」
「……」
押し黙っている。
金髪で、白い鎧がよく似合う青い目の青年。…いや、もしかすると年齢は同じくらいかもしれない。青年になりかけの少年と言う方が正しい。
端正な顔立ちだが、どこか影を感じさせる眼差しで、話し続ける受付嬢の顔を凝視している。
「もし紛失なされたのでしたら、やはり成人(16歳以上)した友人や知人に改めて身元を確認してもらうのが一番手っ取り早い方法ではありますが…」
反射的に、私は前に出た。
なぜなのかはさっぱりわからないのだが、それこそ運命に引きずられるように。
「わ、私が、彼の身分を保証します」
当事者だけでなく周りの全員がキョトンとしてこちらを見る。身体中のあらゆる臓器が縮こまった気がしたが、迷ってはいられない。
「私の、古い知人です。最近こちらに来ると聞いていたのですが…」
騎士はきゅっと口を結んで私を見た。
助けてくれそうだと察知すると、「ええ、確かにその通りです」と続けた。
「そうでしたか。では、簡易戸籍などの、何かしら身分を証明できるものをお持ちでしょうか」
思わず待ってましたと口走りそうになったがぐっと堪えてカバンを漁る。丁寧に整えておいてよかったと思いながら簡易戸籍の書類一式を取り出す。
「拝見します」
受付嬢は私の手から書類を受け取ってカウンターに置いた。ぱらぱらとめくる間、私は騎士と書類を交互に見ていた。その間にも胸からどくどくと絶えず早く音がする。
「確認しました。あなたがご友人兼身元保証人ということですね。」
「はい…」
どっと疲れが押し寄せてきた。だが、何とかなったという安心感が支えになって、どうにか心のバランスを保つことができた。
騎士は簡易戸籍を持っていないとのことなので、明日、二枚の交通手形と一束の簡易戸籍を取りにくるということで合意した。
私たちはそそくさとその場から離れて、薄暗い建物の陰で立ち止まった。
「ビックリしたぞ…ホントに。何で助けた?何が目的だ?」
矢継ぎ早に聞いた後、喋りすぎたとでも言うようにはあっと深くため息をついて、騎士は髪を掻いた。
その動作に戸惑いながらも、私は答える。
「えっと…私は、魔王の城までの旅の仲間を探していまして…たまたまあなたがいたので何とかこれを機に仲間になって貰えないかと思った次第です」
ふーん、と聞こえて来そうな表情を必死で直視していると、思いがけない一言が飛んできた。
「お前さては人付き合い下手だな?」
心の中で、ザクッと音がした。
なぜバレた…いや、バレるのは必然だったかもしれないが。
「…まあ俺も人のことは言えないが…見てきた中でも酷い方だな…」
「せっかく助けたのにそんなこと言われるなんて思ってませんでした」
「だって…なんて言うか、声量も半端だし…ちょくちょく噛むし…話してる最中の視線がありえない方向に向いてるし…さっきはそんなことなかったのに」
耳が痛い。
とても窮屈な場所がさらに窮屈に思えた。
騎士はやれやれとでも言うような少々の戸惑いを浮かべた顔で私に問い直す。
「…で?魔王の城までの旅についてきて欲しいって?」
私は一つ、大きく頷いた。
「うーん…全部は無理だが、途中までなら不可能じゃないな」
「本当ですか!?」
目を輝かせる私をまあまあと宥めながら騎士は言葉を続ける。
「ロナ王国が故郷でな、そこまででもいいって言うならついて行く。そう急げもしないけど」
「それでもお願いします!」
私は深く頭を下げて頼んだ。
しばらく黙ったまま時間が流れた。騎士は私を見てただ一言、「いいよ」と答えた。
「あ、ありがとうございます…!」
再び頭を下げる私に気恥ずかしそうな視線を向けてから、騎士は私の気持ちを押しとどめる。
「いいって。それで、今日はこの後どうするんだ?」
「宿屋に泊まる予定ではあります。一応目処は立ってるんですが、今くらいから予約しておかないと埋まるかもしれません」
「じゃあ行こうか」
歩き出す私の後ろから騎士がついて歩く。
ここまで長かったがようやく仲間ができて、私は浮かれていた。