12.石の言葉
重い拳が体に食い込む。
私の体は重力を失い、宙を舞った。
呼吸ができない。
轟音と共に壁を貫き、また新しい空間の壁に背中が打ちつけられる。
ごほごほと咳をした。腕にも足にも力が入らない。
足音が聞こえる。ゆっくり、しかし確実に近づいてくる。
「君は誰だ」
頭上から声がする。目の前の魔物の動きが止まる。
「王家を守り…もうどれほど経つのだ。私は…いつ解き放たれるのだ」
どうにか私は起き上がり、上を見上げた。
古びた太い鎖で拘束された巨石の塊が高くまで連なっている。そこから声が出ているようだ。
「私は…鎖が解けない限り…動けない。何のために?何のために私はここにいる?王を…王家を守らねば…ならないというのに…」
迷妄し、掠れた声は、自分の存在を見失っていた。
「王家の者か…?そうであると…言ってくれ。そうであると…」
私は迷わずに叫んだ。
「スノッリの血族として!貴君を解き放つ!再び私の前に意志を示せ!」
魔法は、モノに対してかけた場合は、そのモノの性質にある程度依存する。例えば保護の魔法を木材にかけたとすると、外部からの力に対しての耐久力以外は木材の性質ーー水に浮く、雷を通さないなどーーを保持し、木材が腐食するほど保護の魔法の効力は弱くなる。
こういった魔封じの呪文と認識の呪文の混合魔法であれば、繋いでいる鎖に魔法が依存する為、鎖が劣化するほど封印の効力は下がり、認識の精度も下がる。
だから、言葉だけのデタラメでも封印が解除されるほど、呪文の効き目は薄くなっていた。ここがしっかり管理されていたら、どうなるか分からなかっただろう。
鎖が砂に変わって空に解ける。
勝手に石が砕けて人の形になった。
魔物の1.5倍はある巨大な背丈のてっぺんにある顔の様子は、立てない私の状態からではわからなかった。
魔物がたじろいでいるのを見て、石の巨人は体をかがめて私をつまみあげ、左の肩に乗せた。
「…素敵な嘘をついてくれてありがとう」
口も耳も鼻もない、無骨な四角い煉瓦のどこから声が出ているのかは分からなかったが、たしかに感謝の言葉だった。
私はやっとのことで姿勢を保ち、小さな黒い目を見た。
「…えっと…」
私の頭はいつも回らない。それに伴って口もちっとも動かなかった。体中が痛かった。
「無理をするな。君はよくやった」
そう言って前を向くと、じろりと魔物を凝視して叫ぶ。
「死者の住処へと往ね!王に近づく下郎が!叩き殺してくれるわ!」
最早獣の声にも似た叫びの次の瞬間、信じられないほど敏捷な動きで魔物の背後に回り込んだ。
うなる音と共に拳が魔物の頭に命中して、そのまま地面にめりこんだ。
こんなに高い攻撃力を見せつけられては戦闘も何もあったものではなかった。
ひたすら逃げようとする魔物に対して容赦なく打撃が食い込む。私は肩にしがみついて振り落とされないようにして見ていた。とはいえ、右手しか使っていなかったのでどうにか持ちこたえることができそうだった。
しばらく殴り、魔物は足が折れてその場につんのめり、最後の重い一撃を首にくらった。
二、三度痙攣したと思うと動かなくなった。
「そこの小者」
石の巨人は、私を襲った男に声をかける。男はびくっと肩を震わせ、「な、なんでございましょう!」と怯えながら答えた。
「今すぐにスノッリの兵をここに派遣しろ。この者に手当てを施して安全な場所へ送り届けるのだ」
「は、はい!お、お、お任せください!」
そう答えると、凄まじい速度で駆け出して、たちまち見えなくなった。
「あの…ありがとうございました」
「案ずるな。私の責務だ」
私は地面に寝転がったまま話をしていた。眠れそうな体制なのに、全く眠れる状態ではなかった。
「…君は、新しい勇者に似ているな」
「知ってるんですか?」
「私は唯一与えられた目は、素晴らしいものだ。遠くを見る黒い水晶が用いられている。だから王都の様子はよく見えるのだ。…彼は素晴らしい青年だった。」
自分のことのように嬉しかった。思わずにやにやしてしまったかもしれない。
「だが、彼の仲間のうち二人は勇者を利用しようとして近づいていた…勇者はしばらくしてからそれに気づき、龍と人間の間に生まれた少女とともに二人の仲間と別れた」
全く聞いたことのない話だ。スノッリにいるうちにそんなことが起きていたとは知らなかった。兄は自分が心配されることを望まなかったらしく、手紙にもそんなことは書かれていなかった。
「しかし、分かれた仲間の片方がまさかこの国の大臣になるとは思わなんだ」
「……え?」
あんな陰湿な人間が兄の仲間だったとは…なぜ気付かないんだ、兄よ。
「…今まで、どんな人に会ってきたんですか?」
「そうだな、私を作った魔法建築士、戦場で出会った数多の兵士、初代勇者、スノッリの王…皆、生き生きしていた。守るものがあった。私は未来のスノッリを守るために封印された。彼らと出会えた私は、幸せ者だ」
石の巨人がゆったりと思い出にふけるのを見て、自然と私も笑みがこぼれた。
「君には沢山願いがある。そしてそれを叶える力がある。私は老いて、願いを叶えることが難しくなってしまったが、君には先がある」
私は少し寂しくなって、口を開こうとした。
しかし、驚いて喋ることはできなかった。
巨人の体が、淡い緑の光を帯びている。
「私は姿を変えるから暫く君とは話せないが、きっといつか、君の前に私を蘇らせる人間が現れる。それまでは一旦お別れだ」
呆然として見ていた。
いつか会えることが分かっている自分と、分かっていても説明できない寂しさを抱えた自分とが混ざり合って、喉元に詰まっていた。
「…今の第一王子は聡明な少年だ。彼に、よろしく言っておいてくれ。…ありがとう」
何の音もなく消え去った。
首を横に回して地面を見ると、翡翠の色をしたペンダントが二つ落ちていた。
それを手に取った瞬間、人の声が聞こえた。




