10.危機は唐突に
城門を出て道なりに進むと、立て札が見えた。
『道沿い→街道 道を外れて右→ギムレーの洞窟』
多分ギムレーの洞窟というのが、目的の洞窟だろう。
私が街から出る前に集めた情報は以下の通りだ。
・洞窟の奥ではかつて成人の儀式が行われていたが、そのための空間に現在は魔物やその親分が住んでいるらしい
・暗い
・近くを通りかかった旅人が低く、唸るような、泣き声のような、得体の知れない音を聞いている
・何人かの腕自慢が突入したが、誰も帰ってこない
……暗いって、そりゃそうだろう。
その件に関してはほっといて、やはり私一人では危うい、というか最早死しか残ってないような気がしてきたが、あの大臣をとっちめるまでは死ねない。
魔物の正体に関する話が少なかったのも納得できる話だ。国に依頼するまでに事態が悪くなっているということだ。それは、生存者ゼロという事実が裏付けている。
考えれば考えるほど不安だ。唯一救いとなった情報は、リーダーと子分という体制が存在するらしいということだ。こちらはまずリーダーを狙えばいいワケで、その後確実に他の魔物を仕留めれば何とかなるはず。これでいこう。どこまで通用するか分からないが、何も考えないよりマシだ。
私は槍を構えて再び歩き出す。
洞窟が近くのところまで迫っていた。
「お主もどうせ暇なら見ておけ」
大臣レーグが、地下の一室で熱い飲み物を飲む俺のところに、透明な水晶玉を赤いクッションの上に乗せて持ってきた。
「大臣も時間はあるのか…いや、あるんですか」
「まあな。しかし、私のことよりも君の輩を心配した方がいいだろう」
ねちっこい発言とともに、机に水晶玉を置く。
どうやら、後から偵察兵がついていったらしく、その視界がそのままこの水晶玉に映し出されるらしい。
結局ミトナを信頼してなどいないのである。
「…!?」
大臣が身じろぎする。つられて、俺も水晶玉を覗き込んだ。
洞窟に入って30分と経っていないにも関わらず、魔物は全て地面に倒れていた。
「な、なんだと…?これは一体…」
「やっぱりな」
未だに熱々の飲み物に舌が触れ、そーっとコップを机に置きながら呟く。
魔物は人間の動きを何百回と見ているはずだ。自分たちが食べるために、または弄ぶため、人間を攻略する必要がある。
槍とは基本的に乗馬して使うもので、平原に住む魔物ならともかく、洞窟で見たことなどあるはずがない。馬に乗って洞窟に挑むなど持っての他である。
だからこそ魔物の槍使いに対する経験も浅く、対処も遅れがちだ。
おまけに、ミトナの動きは数多くの武術家を見てきた俺でも馴染みのないものだ。洞窟の魔物はまず知らない。実は洞窟とは案外攻略の易い環境だった。
だが…ここからが恐ろしいところだ。
「だが…ここからが恐ろしいところだ」
大臣とセリフが被って凄まじく自己嫌悪に陥りそうになったが、必死に我慢する。
最奥部に何がいるのか。強者を叩きのめしてきた化け物ならば一筋縄ではいかない筈だ。
私は襲い来る魔物を返り討ちにしてどんどん奥に進んでいった。
幸運だったのは、そこそこ人が通れるくらいの道があったことだ。やはり、かつて成人の儀式に使われていたという噂は本当らしい。
魔物もあまり出なくなり、少し肌寒くなり始めたと思った時、向こうに広い空間が見えた。
槍を構え直して慎重に進む。瓦礫が崩れる音がする。
近づくにつれて、だんだん空間の様子が把握できつつあった。
もう色が剥げてぼろぼろの石が、規則正しく並んでいる。壁面には絵画のようなものが描かれているが、同じく剥がれていて内容は分からない。そして、中央に動く影が見えた。
赤い皮膚に、頭から生える二本のツノ。
右に長い、左に短い斧をそれぞれ持っている。
私の三倍ほどの背丈でのそのそと、この広間らしき場所を不安げにうろついている。
「ドワーフ…みたいな顔だけど…あんなに大きくないはずだよね」
深呼吸をして奥に進んでゆく。
一撃目は不意打ちを当てたいと思い、私は槍に一つの呪文を付与した。
パチパチッと微かに音がするのを聞いて、大きく振りかぶる。
「行け!」
声でこちらを振り向いたが、その時にはもう雷光を纏った槍が眼前に迫っていた。
ジュウッと肉の焦げる嫌な臭いがして、流れる赤黒い血液は瞬く間に魔物の皮膚に茶色く焼き付く。
雄叫びが空間を貫いた。
私は魔物が目を押さえている間に駆け寄って槍を拾い上げ、再び構える。
突然の襲撃者に驚き、まだ状況を把握できない魔物は己の腕を水平に振り回し始めた。私は足元に迫り、槍を横薙ぎに振り抜く。右足に当たって体勢こそ崩したが、流石にこの程度では倒れない。
魔物が今度は足元に向かって猛攻を仕掛けてきたので距離をとって助走の準備をする。まるでゴムの紐を引っ張って離したように、勢いよく駆け出す。魔物の手前で飛び上がり、魔物の背丈より高くから槍の先端を額に突き刺した。再び大声をあげて暴れまわる。
突如、今までと全く違う声も出して、恐らく仲間を呼ぼうとしたのだろうが、何も来なかった。
そのためによりがむしゃらに動き回るが、距離をとって少しずつ魔法を打ち込んでゆく。
槍がまだ刺さったままだったが、焦って取りに行こうとすればこちらの身が危ないので、暫く中距離の戦いに徹して、槍が落ちたら取りに行けばいい。
もうもうと煙が立ち込めるが、私はかなり優勢だった。魔力さえ上手く調節できればここは凌げる。
ピリッと、脳の片隅から音がした。
振り向くと、一人の男性がナイフを持って襲いかかってくるのがぼやけて見えた。
私は咄嗟に横に跳んだ。
そして、跳んだ先に、魔物の重い拳が放たれた。




