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勇者の妹  作者: 虚言挫折
第一章・スノッリ
1/99

1.不十分

はじめまして。お手柔らかに。

厚手の皮のブーツが、久しぶりに街のタイルを踏みながら、体を前進させる。

背中の槍は真っ黒で鋭く、太陽の光を鈍く跳ね返す。私の髪は肩より少し高い位置で揺れている。

私はふわふわ浮かれて鼻歌を歌っていた。昔教わった、変わった歌だった。

ようやく準備が整ったのだ。不安もあったが、楽しさもあった。

2年前から決めていたことが、いまから実現しようとしている。

兄を探すのだ。


城壁内の南門を通り抜け、中心の大型噴水と大聖堂を西へ抜ける。

目的地は「サンチマル国役所・観光案内部」と書かれた赤い大きなレンガの建物だった。

大陸の極東のこの国には、情報や物品の流通において少々不利な面があり、それを把握しているからこそあらゆるものに関しての知識に敏感になっている。その流れで、地形などに関しても詳しく細かい書物が多く出回っているのだ。


大きな木製の扉を開いて、小声で「すいませーん…」と建物の内側に呼びかける。すると、

「ええ、空いておりますのでこちらまでどうぞ」

ときれいな声で返事が返ってきた。こっぱずかしさを感じ、「ありがとうございます」と言いながらのこのことカウンターまで歩いてゆく。

「本日のご用件はなんでしょうか」

金髪に濃紺の服を着た受付嬢が私に尋ねる。

「えーっと、旅の仲間を探してまして……そういう人を紹介してくれる施設を探してるんですが」

「了解しました、少々お待ちください」

そう言った後、受付嬢は無言で椅子を指し示した。私はその椅子に座って待つことにした。

座ったとたんにギシッと音がして、なぜかとてつもなく不安を煽られた。

カウンターの奥のドアが閉まり、私は慣れない緊張に晒されて心臓がどくどく鳴っているのを感じ取っていた。


しばらく待つと、受付嬢がレンガほどの分厚さの書物を持ってきた。

それをドサッとカウンターに置いた途端、埃が巻き上がったので私と受付嬢が顔を思いきりしかめてしまった。

軽く埃を払い、ゆっくりと本を開き始める。どうやら城下町のあらゆる建物が記されているらしい。

「このページから20ページ分が、斡旋業の店を記したページになっております」

ぱらぱらと黄ばんだ紙の束をめくっていくが、どれもピンとこない。多分、求める人材はこの中にはいないだろうと予想された。公的な手続きが整った施設では、私のレベルや信頼度などをある程度正確に見積もって仲間を紹介してくるので、私の選択の自由度が低くなってしまうことがある。

…だが、この冒険に関しては、それではダメなのだ。私が一から十まで人を見て、味方につけなくてはいけない。絶対に、最初の一手は失敗できない。

目頭が焼けそうなほどじっくり案内を見ていると、ふと気になるページが見つかった。


『酒場、名称未登録。食事提供、人材斡旋等』


これだ。物凄く非合法な匂いがしてきな臭いとは思うが、きっとこの直感に間違いはない。ここに、仲間はいる。私は目を輝かせて顔を上げた。受付嬢は怪訝な顔でこちらを見ていた。大声で、期待して尋ねる。


「ここへの手続きはとれますか!?」

「名称などの基本的な情報がないので手続きはとれません…」


麗らかな日差しから見放された路地裏。

時折汚物の臭いが強い酸味を伴って鼻を覆う。

喧しく虚しい誰かの怒鳴り声や、武器鍛冶屋が鉄を打つ音が響く。ここでは生活の音と、消えた太陽と、茹だる熱と、雑多な視界が全てだった。


私はわくわくしながらボロボロの木の一枚板のドアを叩いた。中から「入りな…」という、著しくテンションとトーンが低い声が聞こえたので、ゆっくりドアを開けて中に入った。

潮に晒されたような色味の床板は、私が歩くたびにギシギシと危険な音を立てる。周りの視線は全て私に集まった気がした。それもそのはず、肩が広く目に傷のあるスキンヘッドの戦士や、細身で眼光が鋭く明らかに栄養の足りていない体つきの黒づくめの長髪など、非合法で陽の光を知らないような人々が一堂に会しており、一歩間違えば消し炭にされそうな空気が張り詰めている中で、身だしなみがある程度整った小柄な私の様子はどうあっても場違いとしか言いようがなかったからだ。

一人がぬうっと私の目の前に立ちふさがる。紫のモヒカンで、身体中にチェーンを巻いた二刀流だった。

「何しに来たんだチビ。てめぇみてえなのがここじゃどうなるのかわかってんだろうな。バラバラに切られて皆んなで晩飯にするって決まったんだぜ」

すると誰か一人がそれに答えて、

「俺はそんな汚ねぇ肉はいらねぇな」

と言うと、周りから野卑な笑い声が上がる。

少なからず刺激されて私が膨れていると、目の前のモヒカンが酒臭い息を吐き出しながら続けて罵倒する。

「どっから来たか知らねぇがこちとら昨日からガキどもに馬鹿にされてイライラしてんだ!とっとと出てかねぇとマジで首だけにすんぞ!」

私はその顔を真っ直ぐ見返した。その拍子にいきなり腹を立て、

「許すかああああ!!」

と背中の二本のダンビラを一気に引き抜いて大上段から私を切り裂こうとする。

それより速く、私は背負った槍を構えて持ち手の先端で相手の腹部を突いた。相当良い当たりだったようで、お腹を押さえて膝から崩れ落ちた。すかさずその持ち手を頭に振り下ろす。空気を切って音を立て、綺麗に頭頂部に直撃した。

私はため息をついた。面倒臭さとやりきれなさが同時に襲ってきたためである。いつもいつも私というやつは、人とちっともわかりあえずに終わってしまう。

だらしなく突っ伏して伸びてしまったモヒカンを横に引きずると、背後から気配を感じた。咄嗟に左に飛んで振り向き、槍を構える。

長身の筋肉質の男だったが、顔は紙袋で覆われていて表情がつかめない。ぶんぶんとモーニングスターを振り回してこちらに迫ってくる。槍をドリルのように回しながら、鉄球部分の重心目掛けて突き出すと、狙い通り勢いよく弾き返した。手が鎖に回った隙に槍を振りかぶって頭を叩くと、歪んだ表情のままもんどりうって倒れた。

私の期待は失せてしまった。ここには結局、仲間になってくれそうな人はいない。自分の見える範囲で生活している人たちばかりだ。踵を返して店を出ようとドアを開けて、最後に振り返るも、今度は誰一人として私に話しかける人はいなかった。

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