ありんこが小さな学習塾へ行くことにした話
なんでもない小さな恋のお話
数学赤点だった。そりゃそうだろ、全然わかんなかったもん。有里は溜息をつく。夏休みいきなり補習授業だな、あーあ。
ありんこ、どうだった?と菜摘が後ろから抱きついて聞いてくる。暑いよ、離れて。有里のテスト結果を見て、あ、仲間だという喜びの声を上げる菜摘。有里は再び大きな溜息をつく。また菜摘と一緒に補習ね。
和宏叔父からの依頼があったのは、夏休みに入る直前だった。岡山市内で小さな学習塾の経営をしている叔父が脚を骨折して入院することになったのだ。人手不足でバイトの先生を募集しても、ちっとも集まらない、幸博に代打を頼めないかという話だった。大学三年生の夏休みは比較的ヒマであり、一ヶ月くらい東京を離れるのもいいかな、と軽く幸博は考え、その依頼を引き受けることにした。
あんまり大手の予備校はイヤだな、という有里のつぶやきに応じて菜摘が勧めてきたのは、有里の家から歩いて10分くらいのところにある小さな学習塾だった。菜摘の兄が現在も通っているとのこと。授業料は安いし、良いおじさん先生だよ。菜摘も去年の夏期講習に通ったとのことだった。そっか、そういうところなら気楽ね、補習授業で分からないところも教えてもらえるだろうし。有里は両親に相談して、その学習塾の夏期講習に申し込むことにした。
新幹線が岡山駅に到着する。晴れの国と言うだけあって今日も良い天気だ。山陽地方は梅雨明けしたのかな?幸博は和宏叔父の家に荷物を預けた後、ぎらぎらと太陽が照りつける中、叔父の入院する病院へバスで見舞いに向かう。
六人部屋のカーテンで仕切られたスペースの中で、叔父は高校野球に見入っていた。具合はどうですか?幸博が見舞いの品を渡しながら脇の椅子に腰を掛ける。ああ、良く来た。今回はありがとう。東京からは遠かったじゃろが?まあ、新幹線なら座っているだけですから。塾の鍵を預かり、学習資料が置かれている場所などを書いた紙を受け取った。新しく夏期講習から預かる子が二人入塾してくるから、その子達の面倒を見る、というのが最初の仕事だった。
両親の出身地である岡山を舞台にしてみました。
良いところですよ!