― 8 ―
しばらく歩いていると、換金所が見えてくる。
タラックは、それほど大きな町ではない為、換金所や精肉店等は町の中央部に集まっていた。
村や町の規模によっては、例外的にこの町のように、門の近くに換金所が無い町もある。
ここもそう言う例外の一つだった。
それに、ここの場合、町への入り口が海にもあると言うのも理由の一つだろう。
一先ず海を渡っていた時に船に飛び込んできた槍魚などを換金し、宿を探す。
町の西の通りに発見した宿は、オーシャンビューじゃない為に空室があり、さらに今日は余計に空きが多いからという事で、宿代も安めに設定されていた。
一泊一人で百五十セル。
海辺の町としてはかなり安い部類で、そのわりにはなかなか悪くない室内だった。
荷物を置いて地下にある酒場兼食堂に行くと、空室が多いわりには五十人くらい収容しそうな席数も、満席近い数の人が飲み食いしていた。
部屋数は三十程しか無かった様に思えたのだが、その矛盾に対する答えは空いた席を見つけて椅子に座った時に耳に入った。
どうやら大半は行商の商隊らしく、小耳に挟んだ情報によると、北西の海沿いの町、タルーニャから来たらしい。
宿泊者ではない者もこの酒場は利用できるらしく、商隊の多くは経費節減の為に荷台で寝泊まりする者が多いのだそうだ。
しばらくして、新たな客が酒場に入ってくる。
俺の元には先程注文したワンディッシュの料理が置かれ、その新しい来客には気付かなかったのだが、その客は俺の居るテーブルにやって来て、向かいの椅子に座ったのだった。
テーブルに置かれた料理は、ドライカレーの様な炒めご飯に肉野菜炒めが被さった様な料理で、使用しているスパイスの種類は実際のカレーよりは少ないが、食欲は増幅される。
しかし、客が向かいに座った事で、食欲にお預けしてその客を見やった。
「おう。さっきギルドで叫んでたヤツだな?」
開口一番にそう言ってきた客は、短い金髪をツンツンに立ち上げた、いかにも戦士風なゴツい男だった。
「さっきのギルドに居たんですか」
俺は、どう見ても年上で、無礼と言うよりはどちらかというと粋の良い話し方と受け取ったこの客に、一応丁寧な言葉で応じた。
「ああ。フランドゲイルを討伐するって聞いたんで、ちょっと助言に来たんだ」
「何ですか、助言って……?」
こう言う輩は足元を見て何を吹っ掛けてくるかわからない上に、助言っていうのも信憑性が疑われる。
とりあえず探ってみて聞き出すかどうか判断するのに、当たり障り無い返しをした。
「まあ、フランドゲイルの出没エリアには、敵はフランドゲイルだけじゃねぇって話だ」
男は、わざとらしく顔を近づけて、他の人に聞かれない様な仕草をする。
「……そうなんですか。それはありがとうございます」
以外にも心に止めておく必要がありそうな話だったから、一応例は言っておこう。
だが、聞く限り、その手の話なら恐らく発覚した時点で町中で騒がれ、誰もが知っている話だろう。
『厄介なフランドゲイルに加えてこんな敵まで!?』みたいな触れ込みで、行商達は皆揃って落胆したに違いない。
今のはまだ情報料の提示も無いのに勝手にコイツがしゃべった事だから、これでサヨナラして、明日にでもちゃんとした情報屋から情報を買う事にしよう。
そう思っていたら。
「ソイツは砂の中で動かずに、エサが舞い込んでくるのを待ってる姑息なヤツで、窪んだ所に踏み込んだら最後、砂が窪みの中央目掛けて流れだし、真ん中で待ち受けるソイツのお口に流し込まれるって厄介なヤツさ!」
コイツ、一方的に話してきて、情報料をふんだくるつもりじゃないだろうな。
「その名も、牛ジゴクって名前らしい。センスのねぇ名前だ」
……最後まで話しやがったらしい。
言い終わったらしい男は、ドヤ顔を見せて腕を組んでいる。
これから料金を吹っ掛けてくるなら、外に出て返り討ちにしてやる。
「……と、まあそんなウワサだ。お前も気を付けろよ。受付の言葉じゃねえが、ムリそうなら本当に逃げ帰ってこい。命あっての物種だ」
そう言って、男は席を立とうとする。
……本気か?
情報をタダでくれたのか?
この世界じゃ、情報だけでも立派な商売になる。
それを、見ず知らずの俺みたいなヤツに、タダで。
そんな男に、俺は思わず声をかけていた。
「お、おい、あんた」
「……あ?」
すでに半ば俺に背を向けていた男を呼び止め、振り向かせた。
「情報、ありがとう。……俺、金はあまり無いけど、酒の一杯くらい奢るよ」
思わず言っていた。
これが、このゴツい男の狙い通りなら、とんだペテン師だが、俺には純粋な善意にしか思えなかった。
「……そうか。そうまで言ってくれるなら、金ねえヤツに奢らせるのは気が引ける。金は俺が出すから一杯付き合ってくれ」
以外と、単なるさみしがり屋だったのか。
「ああ。……どうぞ」
今度は俺から向かいの椅子を勧め、男はそのイスに座った。
そして、店員にビールを頼むと、世話しなく足を揺すっていた。
「落着き無いな」
思わず俺が言うと、男は俺を見やり、はたと足を揺するのを止めた。
「ああ、すまん。癖なんだ。お前に話をしたら、ちょっと嫌な事も思い出しちまってな」
そうまでして、タダで俺に情報をくれるとは、見かけによらずコイツはすごく良いヤツなんじゃないか。
そう思っていると。
「あー、いたいた!ゴッツ!あんたなにやってんのよ!?」
「おいおい!こんな所で何子供に絡んでんだ!?」
店の入り口から、俺の前に居る男に向かって大声をかける、旅人風な男女二人が現れたのだった。