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レティ達を助けた後、俺は旅を再開した。
街道を隔てた草原を再び横切り、元々歩いていた東への道へ戻る。
そして、オーリーとの同盟国であるコルト・コーレリアを経由して、南に方向を変える。
コルトの南方にある内海、テウォール海を、船を雇って南に向かった。
そこは、砂漠に大半の国土を蝕まれた国、ブレアノールだった。
大海へと繋がるテウォール海沿岸にあり、内陸に百キロも行くと、砂漠と岩だけの広大な土地が広がる。
そこに、フランドゲイルという火蜥蜴が居るという。
実は、前回の旅の帰りにコルトで仕入れた情報で、ヤツらは砂漠の砂の中に身を隠し、通りかかる商隊がいくつも襲われているというのだ。
目撃情報では、数匹の群れで襲う事が多く、一個体あたりの大きさは標準で五十センチくらいの円型に近い体躯で、尻尾まで入れると全長百センチを越えるらしい。
そして、一番厄介なのが、名前の通り火の法術を操るという事。
雑食で、襲われた商隊は馬車の荷車や縄、その他備品等を除いて、食料品や植物、動物の類いの売りものはほとんど食い尽くされ、残骸が砂に埋もれかけてそこかしこに放置されているそうだ。
そのエリアに踏み込んだら、逃げ出そうにも砂の中を移動するヤツらの姿は捉えられず、いつの間にか囲まれて逃げ道を塞がれるのだと聞いた。
希に、荷車から外した馬を使って逃げ延びた人も居るらしいが、それらは本当に運の良い話で、例え馬でも砂漠の砂に足をとられて全力で逃げることができない為に、逃げ切る前に馬の足から喰われていくらしい。
結構グロい話だが、前回の旅でこの国の人々が困っていると耳にした俺は、次の旅、つまり今回の旅で討伐してやろうと思っていたのだった。
そして、ブレアノールの海沿いの町、タラックに着くと、真っ先にこの町のギルドに行く。
そこで、依頼の紙を順に見ていくと、少し古くなって変色した一枚の依頼書を見つけた。
他の依頼書とは白さが違う。
文字も少し霞んだその依頼書を手に取り、俺はギルドの窓口に引き受ける手続きをするために足を向けた。
「お引き受け頂けるんですか?」
少し驚いた顔をする受付の女性は、窓口のカウンターから頭しか見えない俺を見下ろして言った。
「はい。力試しに」
俺はそう答えると、女性の目を見る。
「……ぷっ!あはは!」
突然笑い出す女性を、俺は軽く驚いて見ていた。
「ぼく!旅人ごっこは良いけど、本当の依頼書をイタズラしちゃダメよ?」
「なっ!?」
受付の女性は俺を子供と思って居るようだ。
確かに、俺はまだ仕事もできる歳ではないが、旅にはそれなりに慣れ、剣術でもそこらの旅人に負けるとは思わない。
「俺は旅人だ!ホビットのな!」
人間族の国ではよくある事だが、ホビットは体躯が小さい為に、俺などは特に人間族の十歳程度の子供に見られてしまう。
実際にまだ子供だから、『子供じゃない』は通用しない。
しかし、家や金が無い子供は、奴隷やスラムの住人になる以外は旅人しか生きる道がないのがこの世界だ。
つまり、子供でも合法的に収入を得る仕事としてできるのが、旅人という職種だった。
だが、旅人はモンスターを狩ってナンボの世界だから、命が惜しかったら旅人になどならないのが世の中の定石だった。
「そ、そうなの?……でも、例えホビットでもあなたはまだ成人してないでしょ?……いいの?こんな誰もやりたがらない依頼を受けて。自殺志願なら他でやってほしいのだけど」
さっきの態度と言い、この受付はずいぶんと冷めた目で、人をバカにしたような言葉を使う。
こう言う輩は、たぶん仕事上で旅人と恋仲にでもなり、その恋人を失って燃え尽きたタイプだろうか。
そんな勝手な想像をして俺もこの受付を見下す事にし、フッと鼻で笑って返す。
「じゃあ、俺がフランドゲイルを十匹も倒してきたら、あんたは何をしてくれるんだ?」
カマをかけるように賭けに引き出す。
「はあ?……ふふふ、じゃあお姉さんが良いことしてあげるわ。ぼくちゃん」
最後までバカにしてくれてありがたい。
それなら。
「やった!じゃあ、このギルドの食堂の真ん中で、素っ裸で踊って貰おうかな」
さあ、乗ってくるのか謝るのか。
「……そ、そんな事できるワケ……!」
言いかけた所で、俺がすかさず割り込む。
「あれ?まさかできないなんて言わないよねぇ?」
そこまで言って、受付に背を向けた俺は、ギルドの全体に届くように大きな声で続けた。
「こんなまだ成人してない俺が!命を賭けてフランドゲイルを倒してくるって言ってんのに!まさかそんな事もできないのかよ!大人って汚ぇなぁホント!」
「なに!?」
「あのフランドゲイルを倒すって!?」
「あの子が!?」
「受付と、依頼に何か賭けたらしいぜ!?」
「あの子がフランドゲイルの依頼を受ける代わりに、受付は大した事でもない事を賭け渋ってるらしいぞ……」
ガヤガヤとギルド内が沸き上がる。
「……わ、わかったわよ!良いわ!でも、あなたこそ命を賭けてるんだから、せいぜい頑張って死なない程度に逃げ帰ってきなさい!死なれたらあたしも夢見が悪いからね!」
そう言って受付は依頼書に書いた俺のサインの上に判を捺す。
最後は死んでこいとは言わなかったか。
それならこの受付にもまだ救いはあるな。
しかも、命の大切さはよくわかってるのだろう。
その辺からも、先程の俺の勝手な想像が真実味を増す。
……仕方ない。
絶対に帰ってきてやる。
そう誓って依頼書を掲示板へ戻した。
出没エリアは、このタラックから南西のハーダラックと言う川沿いの町への途中らしい。
今日はもう、日が暮れるから、出発は明日の朝だ。
それまでは、宿で一休みしよう。
そう思って、俺はギルドを後にしたのだった。