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ええい!くそ!馬車を間に左右から挟み撃ちとは、モンスター風情が賢い真似をしやがる!
「一先ずこれを使って敬遠していてくれ!」
そう老人に伝えて、腰にぶら下げていた鉈の様な短剣を渡す!
思わず舌打ちして御者台を乗り越え、コーチの反対側へ飛び出すと、こちら側にも三匹のグレイズルが居た!
遠目に4・5匹と思っていたのだが、コーチの影に隠れていたか!
女性の赤いドレスのパフスリーブに一匹のグレイズルが噛みつき、コーチのドアから女性が引きずり出されていた!
そこへ、二匹のグレイズルが俺を背にして飛びかかる!
俺は咄嗟に自らの体に念力を込めて、走り抜け様に女性へ飛びかかる空中のグレイズルを二匹、横凪ぎにした!
「ギャンッ!」「ギニャーッ!」
背中から横凪ぎにされたグレイズル達は、断末魔をあげて地面に倒れ込む。
文字通り腹の皮一枚で繋がった胴体をぐったりさせて、切り口を中心に血溜りが広がった。
女性に噛みついていた一匹は、しかし尚も女性に噛みついたまま自らの巣へ持って行こうとするが、女性も黙って連れていかれる訳にはいかない。
コーチのドアの把手部分を両手で掴み、必死に持ちこたえていた。
女性はツラいだろうが、これなら膠着状態で時間が稼げる。
「すまない!もう少し持ちこたえてくれ!」
女性にそう告げ、俺は再び御者台を乗り越えた!
もし、ヘタに攻撃して避けられたら、間合いをとられて膠着状態になりかねない。
その間、男性の方へ残したグレイズルが、男性を攻撃しかねないのだ。
さらに、一度離れたら、再び噛みつくのはどこかわからないため、女性から離してから男性を助けに行くのもアウトだ。
攻撃して避けられ、女性をコーチの中に入れる時間もコンマ一秒が惜しいのに、一秒では済まないだろう。
やはり、最短で男性の元へ助けにはいる為には、これが最善だった。
御者台を乗り越えると、そこには、先程の男性ににじり寄る四匹のグレイズルが居た!
「なっ!?増えてる!?」
思わず声をあげてしまったが、驚いている暇はない。
男性は苦悶の表情を浮かべながらも、歯を食い縛って痛みを堪えていた。
「わ、私の方は良いですから……!」
男はそう言って、馬車の車輪にもたれた姿勢から、俺のマントの裾を掴む。
足を噛まれて御者台から引きずり下ろされた為、足を動かせずに伸ばしたまま、尻を地べたにつけている座り方を見ると、この男性は今、怪我のせいで立てないのだろう。
それでどうやら我が身を諦め、お嬢様を助けてほしいと願っている様だ。
「ちゃんと助けるから安心しろ!」
そう言い放って、俺は真ん中の二匹に飛びかかった!
だが、明らかに警戒していたグレイズルは、そう簡単に切らせてくれない!
俺が踏み込んだ二匹の間から、二匹ともその俊敏さで後ろへ飛び退く!
しかも、仕留め損ねた俺に、左右のグレイズルが挟み撃ちを仕掛けてきた!
「……くっ!小賢しい!」
俺は左から飛びかかってくるグレイズルを、剣で受けておいて右から来るヤツから先に肘鉄を食らわす!
「ギニャウッ!」と悲鳴をあげて右のヤツは着地し、すぐに飛び退いて距離を取る。
左のヤツは剣に噛みついたまま放さない。
俺は空いた右手で左の剣を咥えたグレイズルに火の術をぶちこんだ!
「くらえっ!フランネード!」
俺の手の平から発せられた火炎放射は、剣に噛みつくグレイズルの腹にクリーンヒットし、毛皮に燃え移りながら後方へ吹っ飛ぶ!
仲間の吹っ飛ぶ様を一瞬見てしまった残りのグレイズル達は、その隙を突かれ、一匹、二匹と俺に瞬時に切り伏せられた!
最後の一匹はその様子を見て敵わないと悟ったのか、仲間の亡骸を一瞥して逃げていった。
「よしっ!」
それだけ言うと、一息つく間もなく、馬車の後ろからコーチの反対側へ回り込んだ!
そこには、いまだ頑張って持ちこたえている女性と一匹のグレイズルが居た!
「……後はお前だけだ!」
改めて落ち着きを取り戻し、一息ついて中段に構える!
すると、こちらの言っている事が理解できたのか、仲間が居なくなった事に余裕を失い、グレイズルはパッと女性のパフスリーブを離し、素早い動きで逃げていくのだった!
その姿を、俺は泡を食った様に眺める。
どうやら、勝った様だ。
「……あ、ありがとうございます!」
構えていた剣を下ろすと、女性からそう声をかけられた。
女性は気丈にも自分の足でしっかりと立っている。
普通なら腰を抜かして座り込む所だ。
「いや。……それより、お連れの男性を……」
そう言って、自分の服やマントに付いた埃やグレイズルの毛等を払う。
「……あ、そうだわ!……アレス!無事なの!?」
大きい声をあげて女性は俺の目の前を駆け抜け、コーチの反対側へ馬の後ろを通って回り込む。
俺も今来た馬車の後ろから、女性を追ってコーチの反対側へ歩いた。
そして、女性は一足先に自らを治癒する男性を見つける。
「おお、レティシア様。よくぞご無事で……」
レティシアと呼ばれた女性は、一瞬驚きにたじろぐが、すぐに男性に駆けつけた。
「アレス!……良かった。本当に……」
アレスと呼ばれた老紳士の傍らで、怪我は負ったものの命が救われたことに安堵して、ようやく張っていた気が弛んだレティシアは、座り込んで涙を一粒溢す。
俺は、レティシアの右肩のパフスリーブの周りがボロボロに食いちぎられている事に気付き、マントを外してレティシアにかけてやった。
二人は危険を回避できた事から、生きていた事を実感する様に一つ息を吐いて安堵したのだった。