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小さき男の英雄譚  作者: 咲 潤
第一部 小さき男の旅の始まり
4/64

― 4 ―

空は、春の澄みきった青を盛大に称えていた。


街の外の平野にも、春の芽吹きが所々に見え、碧い下草と、疎らに生える木の枝にも若葉が陽光を浴びるために精一杯葉を広げている。


街道は街の東門から出てすぐに北と南と東へ三つ又に分かれ、俺は東へ進路を執った。


それから道沿いに少し進むと、南東へ傾く街道の両側を、背は低いが葉の広い草が縁取り、小さな白い花を咲かせている。


そこへ、数滴の赤い血が飛び散った。


たった今仕留めた、ネルゴンというモンスターが、喉元を掻っ切られ、飛沫をあげて倒れたのだった。


ズーンという重苦しい音をたて、僅かな地響きさえ感じた。


サイズ的には牛と似た様なものだが、特筆すべきはその足にもしっかりと付いた筋肉と、我等ホビットの太腿くらい太い角だった。


倒れたネルゴンの姿は、体は四つ足を同じ方向へ伸ばして横たわっているが、その巨大な角のせいで首だけ地面にほぼ水平に傾いている。


足から背までの身体の向きに対し、まるで真横に小首を傾げている様だ。


「ふう。コイツは大収穫だ」


この真横に伸びた図太い角は、そのまま磨かれて、鉄をも貫く槍となる。


買い取りも左右の二本で五百ルピだ。


毛皮も売れるし肉も不味くないし、コイツ一匹で二日の宿と飯は確保できる。


ノロノロ捌いていると血の臭いで他のモンスターを呼び寄せ兼ねないので、手っ取り早く捌く。


角は根本の頭蓋を割って、付け根から綺麗に取り出した。


皮は腹から裂いて皮下脂肪にナイフを入れて剥がす。


これまでも何度もやってきた事だから、今では手慣れたものだが、最初の頃は捌くのも一苦労だった。


顔の見た目が牛に酷似した死に顔など見てしまうと、見開いた眼と半開きの口が今にも怨み言の一つでも吐き出すのではないかと恐怖に駆られる。


いまだにその恐怖感は拭えない物があり、俺は捌く時に顔を見ることができなかった。


処理を終え、術で水を出して毛皮を洗う。


綺麗に皮下脂肪を取り除かないと、そこから腐蝕して売り物にならなくなるからだ。


それは角の根元も同じで、皮の後は角の根元も洗う。


全ての処理が終えると、担いだズタ袋に皮を被せて干しながら、肉を保冷袋に入れてその場を離れる。


そして、飯時でもあることから、道中、食べられる草を探しながら歩き始めた。


その時。


「ぐわっ!」


「きゃーーっ!……アレス!……誰か!誰か居ませんか!?」


どこからともなく男女の悲鳴が聞こえた!


辺りを見渡すと、俺の左手後方に馬車が見え、その周りにモンスターの群れが4・5匹ほど囲んでいるのが見えた!


遠目には灰色のネコ科で比較的大きめな体躯。


まずい!


御者台の男が引きずり下ろされている!


遠くに小さく見える馬車の状況を、俺は持ち前の視力で把握する。


さっき、ネルゴンの処理の間に左の方から来ていたのだろうが、俺の進行方向から大きく逸れる為、進行方向を見ると馬車など視界には入らなかった。


多分、北のズールド領から来たのだろう。


そんな分析をしながら、百メートル以上ありそうな距離を念力を込めて走っていた!


ホビットの様な小さい身体でも、ものの二秒程で残り三十メートル程に距離を詰める!


近くまで来ると、遠目でネコ科のモンスターだと思っていた姿を詳細に判別できた。


ヤツらはグレイズルという魔物で、灰色の地に白の豹柄が特徴の、突き出た犬歯の上下四本が閉じた口からはみ出る程デカイ化け物だ。


ネコ科にしては鼻筋が伸びていて、口の端が耳の方まで裂け、目一杯開けると、開口幅は上下が三十センチ近くある。


大人の太股などは余裕でガブリと咥えられる。


俺達ホビットなら、ヘタすりゃ胴体もガブリだ。


先程のネルゴン等は、グレイズルの群れにかかれば両方の角を封じられ、その機敏な動きで喉元を喰われて命を落とす。


そんなヤツが至近に迫る位置まで走り込み、俺は一先ず御者台から引きずり落とされた男に群がる三匹のうち、一匹目掛けて剣を振る!


「ギャウッ!」という悲鳴をあげて、俺の剣に胴体を割られると、他の二匹は警戒して、倒れた人から飛び退いた!


俺とグレイズルの間に緊張の膠着が訪れる。


「……あ、ああ!助かりました!どなたか存じませんが、ありがとうございます!」


手足を痛がりながらも、その膠着の間に上半身を起こして礼を言う老人。


御者台から引きずり落とされたのは、白髪混じりのお年を召した男性だった。


「礼は良い……」


俺がそう答えようとした時。


「きゃーーっ!」


再び女性の声が、今度はコーチの反対側から聞こえた!


老人の顔にも緊張が走る!


俺も、コーチの向こうを思い、全神経が逆立つのを抑えられなかった!

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