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家の玄関をそっと開け、スルリと潜ってそっと扉を閉める。
ノブを握る手をゆっくり戻した所で、ふうと一息ついた。
その時。
「お出掛けですか?」
突然背後から声をかけられた!
俺は驚いて後ろを振り向く!
そこには、当家の執事であるドワーフのドルコスが立っていた。
「……あ!ああ!……またちょっと旅に出る!父上達は起こしては悪いから、そっと出てきたんだ!だから、起こさないでやってくれ!」
我ながら、うまい具合に父に話を通してある風に装い、起こさないよう気遣いして出てきた様に見せかけた。
父も、突然の思いつきの様に、決めたことをコロコロ変える事も少なくない。
昨日の夜に急遽旅を許可したとしても不思議な事ではないのだ。
俺はそれをこの場で利用させてもらう事にした。
「……そうですか。畏まりました」
そう言って、俺達ホビットと背丈の変わらない、アゴヒゲをモッサリと蓄えた男が礼をする。
これで、父に知らされる事はなくなった。
「頼むよ」
最後にそう言って走り出そうとした。
しかし。
「……ああ、そう言えば……」
まだ何か話があるらしいドルコスの言葉に、俺も足を止めて向き直った。
ここで焦って怪しまれては、俺の言い付けも聞かずに父を起こすかもしれない。
「……な、なに?」
「よく息子の遊び相手になっていただいてる様で、お礼にと」
そんな事を言いながら、再び頭を下げるドルコス。
息子のグルゴとは、俺と同い年の幼馴染みで、よく決闘ゴッコにも付き合ってもらった。
ドルコスは俺が生まれる前の、父が守護五天になった頃から支えてくれている執事で、物心付いた頃からグルゴの事は知っている。
この世界では、十五歳で成人とされ、十三歳頃から仕事を始める事が出来るのだが、グルゴは一流の鍛冶職人になりたいと言って、まだ十歳の時に、その若さで既に職人の元で修行を始め、今も継続している。
最近こそ、お互いが会える日に遊ぶだけになっているが、俺が旅に出る様になる前は、本当によく遊んだものだ。
自慢じゃないが、俺は同世代くらいの歳の奴に剣で負けた事はない。
だが、そうなるといつも負けてばかりの奴は俺から離れていくのだが、グルゴだけは、いまだに付き合いが続いていた。
そんな気心知れた唯一無二の親友を、俺は誰よりも大切に思っていた。
「ああ、その事か。グルゴには俺の方こそ色々と助けられてるから、気にしないで」
そう言って、片手を上げて再び走り出そうとすると。
「……その、グルゴからなのですが、……これを」
ドルコスは尚も話を続け、布に包まれたものを俺に差し出す。
「……これは……?」
ドルコスの両手で持つ長細い形状の包みを見て、俺が問う。
「我が息子の、初めて一人で打った剣だと申しておりました。そして、坊っちゃまが旅に出る時、武器としては役に立たずとも、せめてお守りがわりにと」
そう言って、ドルコスは一歩だけ歩み寄り、俺の手の届く位置に包みを寄せる。
俺は無言でそれを受けとり、ドルコスの顔を伺うと、ドルコスも無言で俺の目を真っ直ぐに見返した。
俺はそれを受けて、包みを開ける。
すると、焼き杉の様な意匠で黒光りする束と鞘が現れた。
束の部分は木の年輪が浮き出て、いい具合に持ち手のグリップにピッタリ馴染む。
その束をつかんで鞘から引き抜くと、見事なまでの艶を放つ刀身が頭を出したばかりの朝日を反射して、根元から剣先までを光が舐める。
その直線的な美しさに、俺は息を飲んだ。
「……これで、『武器としては役に立たない』?嘘だろ?こんな素晴らしい剣を、アイツが……」
俺が剣に見とれている所を、ドルコスが静かに口を開く。
「坊っちゃま。それは剣としては未完成です」
その言葉に、俺は目を見開いた。
確かに、改めて見るとある一点に気付く。
が、それをドルコスの話の続きが指摘する。
「お気付きになられた様で。さすが坊っちゃま。その剣には鍔が無いのです。ですから、鍔迫り合いなどに持ち込まれれば、指を落とし、剣を握れなくなる。そして、命を落とすことになります。ですので、努々、それを武器として扱わないよう、お気をつけ下さい」
ドルコスの真剣な眼差しに、俺も頷き返し、剣を鞘に納めた。
実は、職人によっては鍔の意匠にこだわる者も居るという。
その鍔によって、相手の剣を防ぎ、命を守る事になるからだ。
剣はただの攻撃手段だけではない。
扱うものの身を守り、命を守る事も大事な役目なのだ。
それが、剣の本当の存在意義であり、利用する意味である。
つまりは、本来は、剣は命を守るためにあるのだ。
その攻撃性は命を奪う事にも繋がるが、扱い方を間違わなければ、相手を威嚇し、命を奪わずとも戦闘不能まで傷つけるだけに留める事もできる。
ただ後半は最終手段となる訳だが。
いつから命の奪い合いに、剣を使われる事になったのだろう。
俺はこの時、そう思わずにはいられなかった。
ありがたくグルゴからの贈り物を受け取った俺は、ドルコスにグルゴへの礼を伝え、街の東門へ走り出した。
そこから繰り広げられる未知なる旅に心を踊らせながら。
そして、グルゴからもらった剣を、背中に差してマントの中に隠す。
お守りは、外に晒しては効果がないと言われるからだ。
門の前まで走った俺は、潜る手前で立ち止まり、一呼吸入れた。
そして、街の外への一歩を踏み出す。
これは、俺なりの験担ぎだった。
気合いを入れて旅に出て、また必ず無事に帰ってくるという気持ちを込めている。
そうして、朝日が丸い姿を半分だけ晒した東の空へ向かって、二歩、三歩と歩き出すのだった。