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小さき男の英雄譚  作者: 咲 潤
第一部 小さき男の旅の始まり
3/64

― 3 ―

  家の玄関をそっと開け、スルリと潜ってそっと扉を閉める。


  ノブを握る手をゆっくり戻した所で、ふうと一息ついた。


  その時。


  「お出掛けですか?」


  突然背後から声をかけられた!


  俺は驚いて後ろを振り向く!


  そこには、当家の執事であるドワーフのドルコスが立っていた。


  「……あ!ああ!……またちょっと旅に出る!父上達は起こしては悪いから、そっと出てきたんだ!だから、起こさないでやってくれ!」


  我ながら、うまい具合に父に話を通してある風に装い、起こさないよう気遣いして出てきた様に見せかけた。


  父も、突然の思いつきの様に、決めたことをコロコロ変える事も少なくない。


昨日の夜に急遽旅を許可したとしても不思議な事ではないのだ。


俺はそれをこの場で利用させてもらう事にした。


  「……そうですか。畏まりました」


  そう言って、俺達ホビットと背丈の変わらない、アゴヒゲをモッサリと蓄えた男が礼をする。


  これで、父に知らされる事はなくなった。


  「頼むよ」


  最後にそう言って走り出そうとした。


  しかし。


  「……ああ、そう言えば……」


  まだ何か話があるらしいドルコスの言葉に、俺も足を止めて向き直った。


  ここで焦って怪しまれては、俺の言い付けも聞かずに父を起こすかもしれない。


  「……な、なに?」


  「よく息子の遊び相手になっていただいてる様で、お礼にと」


  そんな事を言いながら、再び頭を下げるドルコス。


  息子のグルゴとは、俺と同い年の幼馴染みで、よく決闘ゴッコにも付き合ってもらった。


ドルコスは俺が生まれる前の、父が守護五天になった頃から支えてくれている執事で、物心付いた頃からグルゴの事は知っている。


  この世界では、十五歳で成人とされ、十三歳頃から仕事を始める事が出来るのだが、グルゴは一流の鍛冶職人になりたいと言って、まだ十歳の時に、その若さで既に職人の元で修行を始め、今も継続している。


  最近こそ、お互いが会える日に遊ぶだけになっているが、俺が旅に出る様になる前は、本当によく遊んだものだ。


  自慢じゃないが、俺は同世代くらいの歳の奴に剣で負けた事はない。


  だが、そうなるといつも負けてばかりの奴は俺から離れていくのだが、グルゴだけは、いまだに付き合いが続いていた。


  そんな気心知れた唯一無二の親友を、俺は誰よりも大切に思っていた。


  「ああ、その事か。グルゴには俺の方こそ色々と助けられてるから、気にしないで」


  そう言って、片手を上げて再び走り出そうとすると。


  「……その、グルゴからなのですが、……これを」


  ドルコスは尚も話を続け、布に包まれたものを俺に差し出す。


  「……これは……?」


  ドルコスの両手で持つ長細い形状の包みを見て、俺が問う。


  「我が息子の、初めて一人で打った剣だと申しておりました。そして、坊っちゃまが旅に出る時、武器としては役に立たずとも、せめてお守りがわりにと」


  そう言って、ドルコスは一歩だけ歩み寄り、俺の手の届く位置に包みを寄せる。


  俺は無言でそれを受けとり、ドルコスの顔を伺うと、ドルコスも無言で俺の目を真っ直ぐに見返した。


  俺はそれを受けて、包みを開ける。


  すると、焼き杉の様な意匠で黒光りする束と鞘が現れた。


  束の部分は木の年輪が浮き出て、いい具合に持ち手のグリップにピッタリ馴染む。


  その束をつかんで鞘から引き抜くと、見事なまでの艶を放つ刀身が頭を出したばかりの朝日を反射して、根元から剣先までを光が舐める。


  その直線的な美しさに、俺は息を飲んだ。


  「……これで、『武器としては役に立たない』?嘘だろ?こんな素晴らしい剣を、アイツが……」


  俺が剣に見とれている所を、ドルコスが静かに口を開く。


  「坊っちゃま。それは剣としては未完成です」


  その言葉に、俺は目を見開いた。


  確かに、改めて見るとある一点に気付く。


  が、それをドルコスの話の続きが指摘する。


  「お気付きになられた様で。さすが坊っちゃま。その剣には鍔が無いのです。ですから、鍔迫り合いなどに持ち込まれれば、指を落とし、剣を握れなくなる。そして、命を落とすことになります。ですので、努々、それを武器として扱わないよう、お気をつけ下さい」


  ドルコスの真剣な眼差しに、俺も頷き返し、剣を鞘に納めた。


  実は、職人によっては鍔の意匠にこだわる者も居るという。


  その鍔によって、相手の剣を防ぎ、命を守る事になるからだ。


  剣はただの攻撃手段だけではない。


  扱うものの身を守り、命を守る事も大事な役目なのだ。


  それが、剣の本当の存在意義であり、利用する意味である。


  つまりは、本来は、剣は命を守るためにあるのだ。


  その攻撃性は命を奪う事にも繋がるが、扱い方を間違わなければ、相手を威嚇し、命を奪わずとも戦闘不能まで傷つけるだけに留める事もできる。


  ただ後半は最終手段となる訳だが。


  いつから命の奪い合いに、剣を使われる事になったのだろう。


  俺はこの時、そう思わずにはいられなかった。




  ありがたくグルゴからの贈り物を受け取った俺は、ドルコスにグルゴへの礼を伝え、街の東門へ走り出した。


  そこから繰り広げられる未知なる旅に心を踊らせながら。


  そして、グルゴからもらった剣を、背中に差してマントの中に隠す。


  お守りは、外に晒しては効果がないと言われるからだ。


  門の前まで走った俺は、潜る手前で立ち止まり、一呼吸入れた。


  そして、街の外への一歩を踏み出す。


  これは、俺なりの験担ぎだった。


  気合いを入れて旅に出て、また必ず無事に帰ってくるという気持ちを込めている。


  そうして、朝日が丸い姿を半分だけ晒した東の空へ向かって、二歩、三歩と歩き出すのだった。

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