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小さき男の英雄譚  作者: 咲 潤
第一部 小さき男の旅の始まり
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― 1 ―

  「……ふう。行ってしまったか」


  孫の旅立ちを祝福するかの様な快晴の下、ワシはその孫達に向けて振っておった右手を降ろす。


  ふと、その手と下げておった手を自らの胸の前に揃えて、両の手のひらを見つめた。


  シワが深く、年齢を感じさせる節くれを眺め、別れの寂しさと歳を取った己の(わび)しさが重なり、沈む心は深い闇に引き込まれる。


  本当ならとうに死んでおったはずじゃった。


  あの、本当に血の繋がった孫と息子夫婦が、キャンプでモンスターに殺された時に。


  そして、妻にも先立たれた時が、二度目のチャンスじゃった。


  もう何も残らん我が身を、人知れずどこぞのモンスターの生きる糧にくれてやるチャンスだ。


  それでも生き延びたのには、我が息子達の分まで生きると誓ったからか、それとも、ただ命を絶つことを怖れたのか。


  いずれにせよ、今はこの老いた体を、精一杯活かす事を考えんとならん。


  それが、新しくできた我が孫のためになるんじゃったら。


  セイルよ。


  おぬしの未来は甘くはない。


  しかし、おぬしならやれる。


  それは、おぬしを選んだ神が、保証してくれておる。


  じゃが、怠けてはならんぞ。


  怠惰は如何なる神も救わん。


  心しておくんじゃ。


  我が孫へ、届けとばかりにそう思いながら、日が昇る方向に二人と1匹の影が消えていくのを最後まで見送った。


  少しだけ、俯き加減に我が家へ足を向ける。


  扉を開くと、先程皆に出したコーヒーの香りが鼻に届いた。


  キッチンで、ポットに残ったコーヒーをカップに移し、それを持ってテーブルの定位置へ運ぶ。


  つい先程まで居た、まだ幼さの残る人間の男の子と、これまた容姿が幼い天使の女の子、さらにはウサギの様な姿の精霊がこのテーブルを囲い、朝の食事に宛度(あてど)ない話を添えて笑顔で溢れた光景が、テーブルの左右正面に広がる。


  そんな朝の一幕が、幻像の様に視覚に映し出された。


  一口、冷めたコーヒーを口に含んで、孫達の会話に笑顔を返す。


  すると、正面に座る先程までおった孫が、昔に失ったはずの本当に血の繋がった孫の姿へとゆっくり変わる。


  少し驚いて左右を見渡す。


  すると、いつの間にか左には失う前の息子が。


  右には空席があったが、最後に自分の食事を持ってきた息子の嫁がその席に座る。


  ワシの隣には、我が愛する妻。


  長テーブルに対面して二世帯が向き合う。


  幸せな時間じゃった。


  我が家族を、気付けば微笑まずには見ておれんかった。


  そんな幻像を懐かしげに見ながら、ワシは現実を思う。


  ワシは、女神レイアの御言葉によって、孫の妹である少女が天使であることは知っておった。


  我がホビット族のほとんどが崇め、奉る、闘技と平和の女神レイア。


  この世を統べる十二の大神の一人であると言われる、()の女神が夢で語った言葉が現実となった時、我が運命もあの孫に託された。


  思えば、長い様で短い人生じゃった。


  我がホビットは、なりが小さいせいか、他の人類の種族に比べてその寿命も短い。


  五十五を数えるこの歳も、人間族に例えるならば、70近い老体じゃ。


  もう先も長くはないのじゃが、最後に大きな仕事が待っておる故、まだ命を絶つことは許されん。


  それでも、ワシはこの人生を振り返らずにはいられんかった。


  ふと、走馬燈の様にワシは若かりし頃の自分を思い出す。


  そして、物思いに耽りながら、上を見上げ、木造りの生木の天井を見つめた。


  思えば、ワシが旅人を生業とし始めたのも、もう40年以上も前じゃった――――




  ――――晴れた日の、日の出の時刻だった。


  俺は、まだ起きていないはずの両親の目を盗んで、家のリビングをそっと歩く。


  抜き足で音も立てずに歩くのだが、体に纏った鎧が時折カチャカチャと音をたてるのが、余計に緊張を駆り立てる。


  繋ぎ目がたまに引っ掛かって、突然外れた時のガチャッと鳴る音で、上げた足も降ろすことができずに、全身に一際強い緊張が走った。


  しばらく、動きを固めたまま、家族が起きてこないか耳を澄ませた。


 昨晩は、普段家に居ない父も帰っていて、特に父に見つかると厄介なのだ。


  そっと目を閉じて、僅かな音も聞き逃さない様に聴覚だけに集中する。


  そのまま10秒ほど止まっていても何も物音がしないのを確認すると、俺は再び足を前に進めた。


  そして、ようやく家の入り口に辿り着く。


 そこで、ふと無意識に家の中を振り返り、少しだけ、幼い頃の思い出を振り返るのだった。

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