オッサン達の趣味は腹の探り合い
「やぁクレメンテ。言われた通りに工業科の生徒を連れて来たけれど」
予めクレメンテに呼ばれたらしい、工業科の教師らしき中年の男が、
被膜の中の彼女に聞きながらチラリと慶志朗の方を見る。
「彼が噂の《無能》者だね……でも彼を連れて一体何をする気だい?」
やはりここでも慶志朗の事は知られているらしく、教師の後に控える生徒達も不審そうな顔で見て来る。一般教育科は、更に普通教育課、工業課、商業課に別れていて、彼等は全員工業課の生徒らしい。
「うーん……徹底的に嫌われてるのねぇ、僕」
何処に行っても白い眼で見られれば、幾らこの学園で生活する決心を固めてもやはり居心地が悪い。慶志朗がしゃがみこみ、いじけて床に『人』の字を指で書きだしたのを余所に、クレメンテが教師に経緯を説明する。
「それで、あの図面の通りの資材が欲しいのですが」
慶志朗が握っている図面を指して言うと、教師がいじけている慶志朗の手から図面を取る。
「ふむ……この通りに作ればいいのかな?そこの《無能》君、数値は正しいのかな?」
「グフッ……やっぱりここでも《無能》呼ばわりだよ。ヘタレよりはマシかもしれないけど」
「ふむ、中々鬱陶しい生徒だねえ。しかし……簡単な図面の割には要所を押さえてあるねえ。解りやすいのも良い。寸法に違いが無いならすぐにでも作れるな」
「え、本当?」
褒められたと解った途端、慶志朗はガバっと立ちあがる。
「解りやすい生徒だねえ。まぁいい。じゃあすぐ始めようか」
教師がそう言うと、生徒達が倉庫から木材を担いで来る。本来なら機材を使わなければ運べない様な資材も、一般科とは言え全員《超人》だ。軽々と運びいれてくる。
そして、一人の生徒が慶志朗の書いた図面の数値を読み上げる。それを聞いた生徒が何やらブツブツと呟き、スッと手を振る。すると――
生徒達の眼前に次々と半透明のパーツが現れ、ザァッと流れる様に集まると、慶志朗が考えた通りの、だがサイズが縮小された改修後のプレハブ小屋が出来上がる。
「おわっ!な、何これ?3DCAD?しかも立体映像?すげえぇ!」
「ははは、違うよ。彼は《魔術系》の《能力者》だ。仮想空間を組み立てる術式を応用すれば、こう言った事も出来るのさ。ま、特別課の生徒の様な強力な《能力》ではないけれどね」
教師が笑いながら言う。《魔術系》の《能力》を使う生徒は、組み上がったプレハブを再びパーツに分解すると、縮小したパーツを原寸大に戻し、生徒達が運んできた材料に重ねる。すると、残りの生徒が材料に近付き、パーツからはみ出た部分に手を当てる。
「そりゃっ!」
生徒の掛け声と共に爪が鋭く飛び出し、スパっと《魔術系》の生徒が作ったパーツに沿って次々と材料を切り取る。
「彼は《強化系》だ。まぁ、御覧の通り爪が鋭くなるだけだけどね。それでもこれ位出来る」
「うわすげえ……完全にCADだ……えらい力技だけど」
ハイテクだかローテクだか今一解らないが、《超人》達は瞬く間に材料を切り出していく。その速度は最新のCADよりも遥かに早いのは確かだ。
「彼等は将来建築畑で働く予定だからね。この位なら十五分も有れば加工できるよ」
「その内使う事になると思いますが、演習場には様々な状況を想定したセットが用意されています。その全ては彼等が授業で作成した物を用いています」
感心した様に生徒達の作業を見ている慶志朗に、教師とクレメンテが説明する。
「ま、今日は切り出した材料を張り合わせて部品にするまでだね。数日は乾燥させる必要があるから、組み立ては後日だね」
「十分です!自分でやるより全然早く済みますよ!」
嬉々として慶志朗が言うと、クレメンテが、
「では組み立ては……土曜日と日曜日を予定しましょう。それまでに不要物の破棄と外装の撤去を済ませておいてください」
「廃材を出しておいてくれれば、資材を運び込んだ時についでに回収するよ」
渡りに船とはこの事。慶志朗は有りがたく申し出を受け入れる事にして、
「有難うございます!」
勢い良く宙のクレメンテと教師に頭を下げた。
「と、言う訳なんだ母さん。だから悪いけれど今度の土日は帰ってこれないや」
モグモグとアジフライを食べながら慶志朗が言う。
「まぁそれは良いんだけどヨ……何で二日連続で家に居るんだテメエ?」
慶志朗の向かいでテーブルに着いていた真彩がジロリと睨むが、慶志朗は別皿に盛られた里芋の煮転がしに箸を伸ばしてモリモリと咀嚼し、
「だってあそこ携帯通じないし。それに、寮の食堂にワザワザご飯食べに行くのも何となく肩身が狭いんだよね」
「だからって一々家に帰ってくんなヨ、クソガキ。学園住まいの意味がねえだろうが?何普通に飯食ってんだテメエは!」
不機嫌な顔でグラスに注いだビールをグビグビ煽る。ヘビースモーカーの彼女も食卓に着いた時は煙草を吸わない。それが帆村家のルールであり彼女なりの拘りだ。
「ったくよぉ。折角面倒クセえ家事から解放されたと思ったのによ……毎日帰って来たら同じだろうが!下らねえ事でわざわざ帰ってくんなクソガキ!」
ダン!と空になったグラスをテーブルに叩きつけて怒鳴る。文句タラタラの割には食卓に並ぶ料理は全て手作りで、どれも慶志朗の好きな料理ばかりだったりする。
「幾ら《超人》と言っても食べ物とかは普通の人間と同じで、どれも美味しそうなんだけれど、量がアレすぎるんだよなぁ……やっぱり母さんの料理が僕には一番だなぁ」
ムグムグとご飯を頬張りつつ慶志朗が言うと、真彩は顔をしかめて、
「煽てて誤魔化すんじゃねえ!良いから食ったらさっさと戻れやガキ!」
忌々しそうに吐き捨ててグラスにダバダバとビールを注ぐ。だが密に耳が真赤になっていたりする。口が悪い為、傍から見れば不仲に見えるが実は結構仲の良い親子だった。
旺盛な食欲で真彩の料理を全て平らげた慶志朗は『テメエで使ったもんはテメエで洗え』と言う真彩の教育方針を受けているので流しで後片付けする。それが終わると、
「じゃあ母さん、もう学園に戻るよ。土曜までにボロ屋の荷物を出さないといけないからね」
「とっとと戻れ。アタシゃ次の原稿の準備で忙しいんだ」
不機嫌な顔でポケットから煙草を取り出し、火を付けながら真彩が言う。ぷわーっと紫煙を吐きだし、ジロリと慶志朗の顔を見る。
「また乗って行くか?」
すると慶志朗は頭を振り、
「今日はいいよ。お酒飲んだでしょ?それに――今夜は良い風が吹いているんだ。こんな日に車で戻ったら勿体ないよ」
「ハッ。風流な事を言う様になったじゃないか!」
真彩は煙草を咥えたまま喉の奥で笑う様にすると、大きく煙草の煙を吐きだし、
「行ってきなガキ」
一言そう言うと、立ちあがって仕事場でもある書斎に向かって行った。そのぶっきらぼうな真彩の背中に、慶志朗はクスリと笑って、
「うん!行って来るよ母さん!」
元気よく言うと家から飛び出し、学園に戻る為に走り出した。
翌日からは通常授業の六時限制になる。慶志朗は中学時代、それ程授業が好きではなかった。だが、普通の学校には無い《能力》訓練に力を入れるこの学園では、曜日によっては二時間連続で行われる。《超人》から《無能》扱いされる慶志朗にとって、普通の授業は実に心休まる時間となった。何せ《超人》の《能力》に付き合わされれば、生身の彼は毎回何処かしらに怪我をするハメになるかだ。そんな生活を送る内に、待ちに待った土曜日になる。
改修の為に部屋から荷物を全て出してあるのだが、外装も床板も全て取り払っているため、骨組みとなったプレハブで生活する事が出来ない慶志朗は、取り敢えず学園側から借りて来た寝袋で屋上入口の広場を仮の宿として寝泊まりしていた。
「だがそれももう終わりだ!明日までに立派な部屋にしてやる!」
土曜と日曜は休園で有る為、誰も居ない職員棟の屋上で、慶志朗は朝からやる気満々だ。
昨日の放課後の間に工業科の生徒と教師によって既にプレハブの改修部品は全て積まれている。廃材と不要物は約束通りに持って行ってくれた。
「改修作業も手伝おうか?」と、教師が言ってくれたのだが、それは謹んで断った。そこまでしてもらうのは気が引けたし、何より日曜大工は彼の趣味であり楽しみだ。
代わりに、工業科の工作室から必要な工具を借りる事にした。借りた工具は――どれも慶志朗には見た事のないデザインの物ばかりだった。メーカー名も刻印されていたが、やはり聞き覚えの無い会社名だった。
「そりゃまぁ、《超人》用の工具だからねえ。普通のホームセンターには売ってないよ」
借りる時に一般課教師に言われたのだが、工具なら使い方は同じだと思い、工具を取り出しプレハブの改修作業を開始する。
手間が掛る作業と思われるだろうが、実はここまで部品が出来あがっていれば、後は楽なのだ。プラモデルを組み立てるのとそう差は無い。それに今は色々と便利な工具が在り、作業効率はとても良く、一人でも十分組み立てられる。
瞬く間に外装の一面を金具で骨組みに固定し、次の壁をはめ込みネイルガンで固定する。が、今まで使った事のある物よりも異常に装填速度が速く、連続で釘が板に打ち込まれた。
「うお、なんですかこれは!まるでマシンガンじゃないか!」
流石《超人》仕様と言うべきで、普通の人間の慶志朗には扱い難い程の性能を持っていた。しかし、暫く使うとやはりそこはマニア、あっという間にコツを掴みボロ屋を改修して行く。
休日なので気兼ねなくドガガガガッと音を上げながら、てきぱきと部品をはめ込む慶志朗の姿は校庭からも良く見えた。
「ほぉ。かなり手なれた動きだ。それに……随分楽しそうだ」
職員棟の屋上を見上げながら呟いたのは宗則だった。クレメンテから経緯を聞いていた彼は、仕事のついでに様子を窺いに来たのだ。
「しかし……かなり本格的だな。まさかあそこまでやるとは」
「彼の言葉によれば、アレで間に合わせだそうです」
宗則の側に浮かぶ四角い膜の中のクレメンテが答える。先日言った通りにこの学園の施設は全て彼女の身体と言うべき物だ。
例え半壊のプレハブでも修理を行うなら当然監視する義務が彼女にあり、同時に学園の長である総理事の宗則に報告する義務もあった。
「……まぁいい。ただの大工仕事なら何の問題もないだろう。彼の好きにやらせてやれ」
「よろしいのですか?彼のプランによれば、大まかな修復は明日までに終了予定ですが、細かい修復の為に外部から物品を搬入する予定、との事です。合わせてガス水道工事も業者を呼んで作業するとの事ですが」
「かまわん。寮に部屋が無いのなら致仕方無い事だ。以降この件に関して報告の必要は無い」
「了解いたしました」
平坦な口調でいうクレメンテに背を向け、宗則は総理事長室に向かう。
彼女の報告で慶志朗が作業を行うと聞き、『本性』を現すか、と期待して早く来て見たのだが、結果は見事な肩すかしだった。
「やれやれ……物作りが趣味か。少々根が暗いと言わざるを得んな」
苦笑交じりに職員棟の扉を開ける。その背中に後ろから、
「フン。お前よりはマシだ、陰険野郎」
「おや……磯谷先生。朝の挨拶にしては随分ですな」
精悍な顔にワザとらしい笑みを浮かべて振り返ると、磯谷が不機嫌な顔で立っていた。
「磯谷先生も彼が気になったと見えますね。ですが……残念ながら単純に自分の住む場所を作っているだけでしたよ」
「そうか。お前には『そう見える』のか」
宗則の横をすり抜けざまに、磯谷は面白く無さそうな顔で言う。
「……どういう意味ですかね?」
「言葉通りだ。お前がそう見るならそうなのだろう」
「ほぉ……『経験者』には別の物が見える、と言う訳ですか」
「馬鹿言え。俺にもただの日曜大工にしか見えん」
下駄箱に靴を放り投げながら磯谷が言う。上履き用のサンダルに履き替えながら、
「今の帆村はただの《無能》と同じだ。監視した所で何も解らん」
「それは困ります。我が学園に《無能》は必要ない。私が欲しいのは《第三種能力者》です」
別段困った様子も無く、宗則が顎を撫でながら揶揄する様に言う。履き替えた磯谷は不機嫌な顔のまま、チラッと宗則を見る。
「それなら……後一ヶ月程も待てばいいだろう。『KG』の時もそれ位の時間を必要とした」
「『第三種能力者は時間を使う』……確か先生の報告書にありましたな」
「違う。『第三能力者とは時間を有効に使う者』だ。人は生きている間に、一日二四時間という時間が必ず与えられる。誰にでも平等に、な。《超人》でも《無能》でもこれは同じだ」
一旦言葉を切り、意味深な笑みを浮かべる。
「しかし、この世の中には厄介な人間がいる。それが『二四時間と言う誰にでも平等に流れる時間を効率よく』使える奴だ。そういう奴に時間を与えてはならん。時間を与えれば間違い無く帆村は《第三種能力者》になる。が……帆村はその『時間を与えてはならん』奴だ」
「それは警告ですかな?」
「焔焔ニ滅セズバ炎炎ヲ如何センと言うただの年寄りの忠告だ。お前の手には余る。必ずな」
「火種は早いうちに消せと?バカバカしい。私は先代とは違いますよ。あそこまで漕ぎ着けながら構想を放棄するなどと言う不様な事はしませんよ」
「好きにすれば良い。俺はただの教師だ。根暗野郎の陰険な思惑など知った事か。帆村を俺の生徒として育てろと言うなら育てるだけだ」
視線を外すと磯谷はスタスタと職員室へ向かう。その後姿に宗則が小さく呟く。
「頼みますよ磯谷先生。貴方は我が学園で唯一《第三種能力者》を育てた経験のある人なのですから。これは貴方にしかできない事だ」
薄く笑い、宗則は総理事長室に向かう。百五十年という長い三黒須学園の歴史において、《第三種能力者》は慶志朗を入れて二名しか存在しない。しかも前回《第三種能力者》が現れたのは三十年も昔だ。その時の事を知る者は既に当時の担任であった磯谷ただ一人。
《第三種能力者》を見つけた時、当時の学園上層部はある計画を立案したが、それは失敗に終わっている。貴重な《第三種能力者》も十年前に死亡し既に存在しない。
帆村慶志朗は、学園が――否、宗則が待ちに待った新しい《第三種能力者》だ。だが、全てを知る筈の磯谷は、慶志朗はまだ《第三種能力者》に至っていないと言う。
「時間を与えるな……だと?面白い。では十分に与えようではないか」
慶志朗の予定通り、組み立て作業は二日で終了した。それまでの崩れかけからは想像も出来ない程、見事なプレハブ小屋が出来あがっていた。
「フフフフフ……中々いい出来じゃないか。工業課の人に感謝しなくちゃね」
満足そうにプレハブ小屋を見ながら慶志朗が喜ぶ。彼等のお陰で工程が大幅に短縮出来たので、計画当初よりもプレハブは充実した作りになった。最初は貼り付けるだけの予定だったのだが、壁には断熱材を入れる余裕が生まれ、屋根から直接部屋の空間になる構造も、天井を設ける事まで出来た。そして何より嬉しいのが、工業課が授業で作った古い展示用の浴室セットをそのまま貰う事が出来たのだ。しかも配管から基礎まで一体型となっており、小屋の壁に取り付けて別室としてそのまま使える。
キッチンも――何故あるのか知らないが――倉庫に眠っていた形の古い物を譲り受け、元のキッチンと交換済み。トイレも元からある物を改修済みだ。風呂場が室内から無くなった事で、結果広々とした贅沢な1LDKのスーパープレハブ住宅へと生まれ変わっていた。
「まぁ内装はもうちょっと手を加えないとだけど。壁紙は今度貼ればいいし、学園で使ってないエアコンも貰える手筈だし!完璧じゃないか!アハハハハハハハ!」
胸をそらし高らかに笑う。が、ピタリと止め、ハァと深く溜息を吐く。
「修理が終わって無いから電気ガス水道がぜーんぶ使えないんだけどね……」
クレメンテに手配を頼んだのだが、「学園側の許可と業者の都合で修理が来るのは来週です」と、平坦な口調であっさり言われてしまっていた。
結局、後一週間はこのままの生活を送らねばならない。寝泊まりだけは辛うじてできるが、食事や洗濯などがかなり不便だ。ではどうするか、と慶志朗は考える。
当然――答えは一つしか無い。
「と、言う訳なんだ母さん。来週までは不便でさ。あ、洗濯物もあるんでお願いね?」
「だ・か・ら!何で毎日普通に顔出してるんだテメエはよ!」
ごく自然に自宅で晩御飯を食べている慶志朗に、テーブルを叩いて怒鳴る真彩の声がリビングに響き渡る。結局、この光景は業者が来るまで繰り返される事になる。