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ヘタレ、誕生す

 磯谷の声と同時に、男子生徒――確か古賀という名前だ――が翼目掛けて駆け寄り、分厚い鋼鉄の板をぶち抜いた拳を振るう。

 翼は軽く手を伸ばし、無造作に掌で拳を受けた。ブワッ!と衝撃で砂埃が舞い上がるが、翼は微動だにしていなかった。

「な、なんですと!」

 どう見ても体格的に劣る翼が易々と攻撃を受け止めた事に、慶志朗が驚きの声を上げる。

 古賀が「チッ」と舌打ちして拳を戻し、今度は蹴りを放つ。が、翼はそれも軽く動いて受け止めてしまう。

「ぬおおおおおおおおおおおおっ!」

 獣じみた声を上げ古賀が矢継ぎ早に連続で拳と蹴りを繰り出す。どの攻撃も常人離れした速さと威力が有る筈だが、翼はその全てを軽く受け止めて見せた。

「凄いな……あの攻撃を全部受け止めてるよ……でも……あれ《能力》使ってないんじゃ?」

「使ってない。《超人》としての身体能力だけで受け止めている」

 慶志朗の言葉に、磯谷がボードに書き込みながら答える。

「……流石に格闘の事になると理解が早い。しかもあの速度の攻防が見えるのか……」

「はい?」

 磯谷の小さな呟きに、慶志朗が不思議そうに首を傾げると、「何でも無い」と翼と古賀の試合から眼を離さず磯谷は言い、

「良いから、試合を見ていろ」

 磯谷に促され、慶志朗は視線を翼に戻す。対戦相手の古賀は筋骨隆々で、その《能力》と相まって攻撃の一つ一つが尋常ではない威力を秘めている。その証拠に、翼が攻撃を受け止める度に、衝撃が大気を揺さぶっている。

「見かけ倒し……じゃないよね、やっぱり。翼君が凄いんだ……顔が良くて《超人》としても最高クラスか……女子が騒ぐ訳だ。古賀君が勝っているのは暑苦しさだけだもんねえ……」

 本人が聞いたら「ほっとけ!」と言いそうな感想を言っていると、翼がチラリ、と慶志朗の方を見た気がした。

「……ん?」

 最初は見間違いかと思った。昨日の検査で慶志朗が『無能』者だと解ってから、翼は興味を無くし、まともに話しらしい話しをしていなかったから、まさか今更自分の方を翼が見る筈が無いと思っていた。だが――

 一旦古賀から距離を取った翼が、慶志朗の視線の先でゆっくりと、

『サービスだよ』

 唇だけを動かして言い、軽く手を広げて空を仰ぐような姿勢を取る。

「何だと?結城の奴……《能力》を使う気か!」

 珍しく、磯谷が慌てた声を出すのと同時に――

 突如翼の体が眩く輝き出す。同時に、昨日の計測棟の時と同じく激しい振動が周囲を襲う。

「うわ!ま、またか!ま、まさか翼君の《能力》って地震を起こすとか?」

「馬鹿言え。その程度の《能力者》が《英雄系》の訳が無いだろう!」

 磯谷は吐き捨てる様に言うと虚空に顔を向け、

「クレメンテ!大至急領域強化、加えて緩和フィールド形成、グラウンド全域を保護だ!それと結城の《能力》制御!設定値は十五パーセント!」

「了解しました」

 瞬時に宙に四角い膜が現れ、妖精と名乗った昨日の女性が浮かび上がる。

「フィールド形成終了、《能力》リミッター作動確認しました」

 クレメンテが数度瞬きをした後そう言うと、グラウンド全体が陽炎の様に揺らぎ始める。

「な、何が始まるんだろ?」

 何やら緊迫した磯谷の様子に、慶志朗もつい不安な気持ちになる。そんな騒ぎを余所に、輝く翼の体に変化が起こる。

「何これ?光が……翼君に集まって行く?」

 形容しがたい光景だった。翼の発する光が小さくなるにつれ、まるで引き摺られるかの如く周囲の光が翼に集まている様に慶志朗には見えた。

 蛍火の様に粒となった無数の光が集まり、翼の体を覆って行く。やがて光の乱舞が収まる。

「あれは……ヨロイ?光で出来た鎧だ……」

 試合場所に立つ翼はジャージ姿のままだ。その上から薄い半透明の小さい板が幾つも折り重なり翼の身体全体を覆っていた。まるでガラスが重なって出来たかの様に不安定な輝きを見せ、翼の姿が透けて見えるが間違い無く鎧だ。鎧を作り終えると同時に振動が収まる。

「コレが白銀……翼君の《能力》なのか……」

 思わず「綺麗だ」と呟き、慶志朗は見とれる。まるで光の結晶を身に纏っている様な姿は神々しくすら見え、皆が『騎士』と呼ぶのも頷けた。

見とれていたのは慶志朗だけでは無い。この場に居た全員が翼の姿に心を奪われた様に、動きを止め見入っていた。

「これが制限無しでは強力過ぎて使えない三黒須で最高峰の《超人》……結城の《能力》ソル・レリック・マスタリー、別名《白銀》だ。《英雄系》の中でも希少な光を操る《能力》だ」

 磯谷の言葉が終わらぬ内に、光の鎧をまとった翼が動く。否、消えた。

「なっ!」

 まるで本当の光になった様に、一瞬の間に翼が古賀を地面に押し倒していた。

 周囲の生徒も何が起きたのか見えていない様で、暫くの間皆息を飲んでその光景を見守っていた。やがて翼が古賀から離れて光の鎧を消すと、一斉に(ほぼ女子生徒だけだが)歓声を上げた。圧倒的な翼の勝利だ。

「すげー……」

 茫然と慶志朗が呟く中、磯谷が空中のクレメンテに、

「緩和フィールド停止。領域の出力と結城の《能力》制御を通常値に戻せ」

「了解しました」

 二人がそんなやり取りをしている間、再び翼と慶志朗の視線が合う。

(君は本当に《超人》の中で生き残れるつもり?)

 翼の眼はそう言っている様に思えた。だから慶志朗はその視線を正面から受け止め、

(無理に決まってるじゃん!)

 サッと視線をそらし、頭を抱えてしゃがみ込むとガタガタと震え出した。

(光を操るだって?何だよそれ!《超人》処の騒ぎじゃないよ、神様じゃなかまるで!)

 目尻に涙を浮かべ震え続ける。改めて、自分が場違いな存在だと思い知らされる。

「あんなの反則だ……光が勝手に動いて防御するなんて……形まで変わるって何だよ!」

 震えつつも慶志朗が愚痴る。翼の《能力》は単に光る鎧を作るだけでは無い様だ。翼が古賀に襲いかかる一瞬、古賀が咄嗟に蹴りを放った。その攻撃を、翼の体を覆っていた板の一枚が動き防いでいたのだ。まるで翼を守る様に。

同時に、翼の攻撃に合わせる様に光の板が伸ばした腕に集まり古賀を押さえつける様に形を変えたのが慶志朗には見えた。

「しかも、アレで一割五分の力だって?シャレになってなさすぎるぅぅぅぅ!」

 嘆いていると、翼に見とれていた女子生徒達に鬱陶しそうに睨らまれ、慶志朗は「ヒィ!」と悲鳴を上げコソコソと磯谷の影に隠れる。その姿を――磯谷とクレメンテが驚いた顔で見ていた事に慶志朗は気が付かなかった。

 慶志朗がいじけている間に再び生徒が入れ替わり、試合が行われる。どの生徒も《超人》と名乗れる《能力》をマザマザと見せつけて来る。

「ぬひょーっ!みんなすげぃぜ……特撮の世界に紛れ込んだみたいだ……」

 改めて、慶志朗はそう思う。強力な《能力》を使う為には強靭な肉体が要るのだろう。《能力》を抜きにして考えても、身体能力自体が常人以上だと慶志朗は感じる。

 だが、流石に翼と比べれば見劣りする。あの『超人の中の超人』は別格過ぎる。のだが、ただの《無能》者の慶志朗から見れば、全員別世界の生き物でしかない。

「感心ばかりしているな。最後のグループにはお前も入るんだ」

「……はぁ?僕にあの超常現象集団と戦えと?何ぬかしてくれてるんです?」

「実は結構口悪いな、お前……一体なんの為に態々最後にして生徒の《能力》を確認させてやったと思っている?第一《超人学園》だぞウチは。単位を取るには、《超人》と同様の授業をこなして実績を残さねば単位をやれる訳ないだろう」

「えーーーーーーーーーーーーーーっ?あんなのと素手で戦ったら即死ですよ!」

「安心しろ。お前にはコレを使う許可が出ている」

 磯谷が布にくるまれた七十センチ程の棒みたいな物を取り出し、慶志朗に手渡して来る。

「なんですかコレ?」

 慶志朗が布を外すと現れたのは、やや短く、使い込まれた感じがする一振りの木刀だった。

「資料によれば、お前は武術経験者なんだろう?基本的には肉弾戦だ、頑張れば何とかなる」

「うわーい有難うございます……って待てや!こんな棒きれで火を吹いたり鉄板撃ち抜く変態とどうやって戦えって言うんです?頑張って何とかなるレベルをブッチギり過ぎでしょ!」

 ベシッと木刀を地面に叩きつけ慶志朗が怒鳴る。

「確かに僕は武術やっていました!でも、筋トレ代りに無理矢理母さんにやらされていただけで、素振りしかしたことが無いし、人と試合した事もないですよ!何処かの有名道場で学んだ訳じゃ無く、ただのご家庭剣術ですよ?そんなんで何をどうしろって言うんです!」

 慶志朗の実家は元、武家だったらしく、剣術を学ぶのが伝統とかで物心付いた時から教えられていた。と言っても、ちゃんとした道場で学んだ訳では無く、生前の啓吾から教わったと言う真彩が慶志朗に型を教えただけで、基本的に素振以外した事が無いし、試合をしたくても家庭で学んだ様な剣術に、相手がいる筈も無い。人と戦うのはこれが初めてなのだ。

「あんな怪獣大戦争とまともにやるなら、せめて銃とか、ミサイルとか使わせてください!」

「……使えるのか?」

「使える訳ないじゃないですか!僕はただの高校生ですよ?」

「……いいからとっとと行って来い!」

 呆れた顔で磯谷に蹴り出され、慶志朗はグズグズ文句言いながらも、仕方なく放り捨てた木刀を拾い、トボトボと指定されたスペースへ向かう。

「ううっ……冗談じゃないよ……木刀を使っていいとか言ってもさ、あんなのが相手じゃただの木の棒じゃないか。って……あれ?」

 ふと、慶志朗は不思議に思い、手の中の木刀を見る。

「そう言えば……なんで先生は僕が剣を学んでた事知っていたんだろ?確か、僕の資料には『武術』経験者ってなってたんだよね……?」

 単に『武術』なら他にも空手や拳法など色々有るのに、何故『剣術』だと解ったのだろう?

そう不思議に思わなくもない。だが、単に素手では不利だから武器を、というだけなのかも知れない。でもそれならせめてもう少しましな武器を渡してくれても良いと思う。

と、未練がましく考えている内に、慶志朗の相手となる生徒がやって来る。赤い髪をライオンの様に逆立てた、迫力のある男子生徒だ。身長も慶志朗より遥かに高い。

「んだよ……噂の《無能》が俺の相手かよ!こんなのに何しろって言うんだ?」

 目の前の慶志朗を見るなり馬鹿にした声を上げる。確かB組の東奥と言う生徒だ。どうやらB組の中心的人物らしく多くの生徒が彼の試合を見学している。

「馬鹿馬鹿しい……《能力》の確認もクソもねえってんだ」

 明らかに慶志朗の事を見下している。《超人》が《無能》に負ける訳が無いと、その態度からはありありと見てとれる。だから慶志朗は東奥をキッっと睨み、

「そうだ!僕はただの《無能》だ!そんな僕に《超人》とこんな棒っ切れ一本で戦えっていうアホな先生にもっと言ってやって!」

「は、はぁ?何だテメエ……アホか?何気安い口きいてんだ!」

 ビシっと木刀で磯谷を指した慶志朗に、東奥が不愉快そうに吐き捨てる。

「《無能》ごときが、俺に話しかけてくるんじゃねえよ!」

「ヒィ!ゴメンなさい!」

「チッ……なんだよこの《無能》は?ヘタレも良い所だ……全く話しになんねえ」

 一睨みされ、頭を抱えて震えだした慶志朗に、東奥が呆れた顔でぼやく。

 そんな友好的とは言えない二人を余所に、他のスペースに次々と生徒達が移動し、それぞれ磯谷が合図をするのを待つ。

 磯谷が、生徒達がそれぞれの相手と対面した事を確認し号令しようとした時、

「どうやら間に合った様だな。磯谷先生、悪いですが見学させていただきますよ」

 背後からそう声を掛けられた途端、磯谷が不愉快そうな顔をする。

「やはり来たか、クソ野郎」

「確かに貴方は元担任で私は生徒でしたが……今は生徒の前で下品な発言は避けていただきたい所ですな、磯谷先生。仮にも私は総理事の立場なのですから」

 磯谷の背後に居た人物、総理事長の静野宗則が苦笑交じりに言う。

「総理事だ……態々来るなんて……誰を見に来たんだ?」

「そりゃ翼だろ?って……もう終わってるよな……編入組の《能力》確認か?」

 突然現れた宗則に気が付いた周囲の生徒がざわめき出す。ただの顔合わせ試合に、学園の総理事が見学に来るなど、前代未聞の事だ。当然、その場に居た生徒が不審に思う。

理瀞も宗則の姿に眉を顰める。だが、彼女は昨日宗則自身から考えを聞いていた。だから、

(まさか……本当にあのヘタレさんに何かを期待していると言う訳なのですか?)

 内心思い、鋭い視線を宗則に投げつけるが、当の宗則は気にした様子もなく磯谷に、

「……帆村君の相手は東奥君か。いきなり学年二位の彼を当てるとは。思い切りましたな」

 慶志朗の相手を確認し、宗則は意味ありげに磯谷を見る。

「ですが……《空圧》の《能力》の彼ならば確かに初戦としては悪くない」

「黙れ陰険野郎。俺に『また』押し付けやがって!」

「仕方ありません。現在、高等科の教師で《第三種能力者》の事を正しく理解しているのは磯谷先生、貴方だけです」

 そう宗則に言われ、磯谷は忌々しそうに舌打ちする。もう話しは終わりだとばかりに宗則から視線をそらし、試合場所に顔を向けると、

「始め!」

 大きな声で怒鳴る。

「にゅわわわわ、始まっちゃったよ!どどどどどどうしよう!」

 相手が学年二位――即ち翼の次に強い生徒だとは知らない慶志朗は慌てて木刀を握り締める。取り敢えず始まった以上は試合をするしかないと腹を括る。

「もうヤケだ!僕の前には大勢の仲間が列を成して待っている!だから怖くないもんね!」

 仲間などいる筈も無いのに、自分に言い聞かせるように言って木刀を構える。だが――

「プッ……何だよあのヘッピリ腰は?」

「だっせぇ……ヘタレ過ぎじゃ無いか、あの《無能》は?」

 周りの生徒達が一斉に失笑を漏らす。それもその筈で、慶志朗の構えは見事な逃げ腰だ。

 足を大きく広げ、つんのめる様に身体を前に倒していて、右手一本で構えた木刀は下段を通り越し切っ先が地面に付きそうな位だ。どう見ても不様に腰が引けた、出鱈目な構えだ。

「はぁ?んだよそれ……武術経験とかって言うから、ちったぁ期待したのによ!」

 呆れた顔で東奥が腕を軽く振るう。ただそれだけだったが――

 とてつもない衝撃が慶志朗を襲う。東奥の《空圧》は大気を圧縮して打ち出す《能力》らしく、不可視の塊が爆発的に炸裂し慶志朗の身体が宙に舞う。

「ぬあぁっ!いきなり飛び道具なんて卑怯だあぁぁぁぁぁぁっ!」

 吹き飛ばされながら慶志朗が涙声でそんな文句を言うが、東奥は溜息を吐き、

「道具じゃ無くて《能力》だ、ばぁか。ったく、こんなヘタレと試合して何になるんだか」

 馬鹿馬鹿しいとばかりに、宙を飛ぶ慶志朗には見向きもせずにさっさと試合場から立ち去ろうとする。だがその後頭部に、

「うぉにょれぇぇぇぇ!」

と言う奇声と共に、スコーンと何かが激突した。全く予想していなかった出来事に、東奥は目の前に火花が散った様な衝撃に襲われ思わず片膝を付いてしまう。

「痛ってぇ!な、何だ?」

 頭を摩りながら東奥は乾いた音を立てて転がったソレを見る。

 慶志朗が握っていた筈の木刀だった。

「何だと?まさかあのヘタレ、まだ……」

 慌てて立ちあがり慶志朗の方を振り向く。その眼前で、

「グヘッ」

 慶志朗がベシャッと地面に叩きつけられると同時に潰れた蛙の様な声を上げ、そのままピクリとも動かなくなる。完全にノビていた。

「うわ……あの人、すっぽ抜けの木刀に当たったわ!」

「ダセエ……二位とか言っても所詮翼に比べたら大分落ちるな!」

 試合を見ていた生徒達の笑い声で、東奥は状況を理解する。要は《能力》で吹き飛ばした衝撃で、慶志朗の手からすっぽ抜けた木刀が飛んできた、と言うだけのことらしい。

「ふざけんな……あのヘタレが、俺に恥をかかせやがって!」

 激昂した東奥が、意識を失ったままの慶志朗に再び腕を振ろうとする。

「待て!お前の試合は終了だ。それ以上の《能力》による攻撃は認めん!」

 磯谷が鋭い声でそれを制止する。

「だ、だけどよ!あのヘタレが先に木刀を俺に……」

「確かに試合はお前の勝ちだ。だが、結果を見届ける前に背を向けたのはお前だ!」

 更に言い募ろうとする東奥に、磯谷がピシャリと言い放つ。

「最後まで視線をそらさなければ、飛ばされた木刀を回避できた筈だ。違うか!」

 そう言われてしまうと、東奥は何も言えなくなる。自分の油断が招いた結果だ、と言われれば返す言葉が無い。

「っ……クソ!ヘタレが!」

 東奥は忌々しそうに吐き捨て、クスクスと笑い続ける生徒達に怒りの眼差しを向けるが、結局それ以上どうする事も出来ずに不愉快極まりないと言う様子で試合場から立ち去る。

「東奥君の勝ち……ねえ。磯谷先生も意外と甘いですな」

 事の成り行きを見守っていた宗則が含みの有る笑みを磯谷に向ける。

「東奥君は帆村君の体が地面に着く前に膝をついている。ルール的には帆村君の勝ちだ」

「フン。お前には試合の勝敗など興味ないだろう。お前の興味はアイツが『KG』の後継者かどうかだろうが」

「否定はしません。奇妙では有りましたが……読み下しも聞けましたし、概ね満足です」

 一瞬で、しかも一方的な試合運びだったにも関わらず宗則は満足そうに頷く。

「聞けば結城君の動きも『見えて』いたそうですし……ちゃんと彼は受け継いでいる様だ」

「チッ……クレメンテか」

 磯谷は忌々しそうに舌打ちし宙を見上げる。既に彼女が映る膜は消えていた。

「今の試合も、もしすっぽ抜けでは無く投げたのだとしたら――彼等は、我が学園の《超人》達は、帆村君の事をどう思うでしょうな」

「そんな仮定に意味は無い。すっぽ抜けはすっぽ抜けだ」

「そうですね。確かに仮定の話をするのは時間の無駄ですな」

 宗則は意味ありげに言うと、「では、私は仕事が有りますのでこれで」と、磯谷に背を向け職員棟にある総理事長室へ戻って行った。

「何が仕事だ……忙しいなら最初から来るな根暗野郎!」

 苦い物を噛みつぶした様な顔で磯谷が吐き捨て、

「おい!誰か帆村を医務室へ連れて行け!」

 大声で言うが、誰も近寄ろうとはしない。どの生徒も《無能》とは関わり合いになりたくないと言う態度が見て取れる。皆が躊躇する中、翼が溜息を吐き動こうとした時、

「私が運びます」

 理瀞が前に進み出る。翼に運ばせる位なら自分が、と渋々名乗りを上げたのだ。クラスメートが驚きの表情を作る中、理瀬は気絶している慶志朗に近付き、吹き飛ばされた時に外れたと思われる彼のトレードマークであるダサい眼鏡を拾う。

「全く……まさか私がこんなヘタレさんの世話をするなんて……」

 ブツブツ言いながら、依然意識の無い慶志朗の顔を覗き見る。

「……あら?意外とかわいらしい顔していません……?」

 思わず口に出して言ってしまい、理瀞は慌てて頭を振る。もっさりとした髪が顔を半ば程まで隠しているが、眠る様な表情の慶志朗は予想していたよりも整った顔に見えたからだ。

「な、何を考えているのでしょう、私は!この方はただの《無能》ですのに!」

 自らに言い聞かせるようにしながら慶志朗の体を持ち上げる。《超人》は全般的に普通の人間よりも身体能力に優れる。理瀞は女性ではあるが、《超人》では無い《無能》の男性を持ち上げるなど造作の無い事。の筈だった。だが、

「あ、あら?な、何ですこれ?お、重い……異常に重いですわ!」

 抱え上げようとして、小柄な見た目からは想像外の重量に理瀞がふら付く。慌てて、見守る生徒の中から理瀞と試合をしていた佐川が飛び出し、手伝って慶志朗の身体を持ち上げる。

「う、うわ!この人、こんなに重かったんですね……一体何キロあるんでしょう?」

 支える佐川も驚きの声を上げてしまう。呆れるくらい慶志朗は重かった。《超人》二人掛りで、《無能》一人を運ぶのがやっとなど、理瀬と佐川にとっても初めての経験だった。

 二人してよろめきながら医務室に向かう様子に、周囲の生徒もザワザワと騒ぐ。

「あのヘタレ……実はメタボなのか?」

 と言う呟きは、その場に居た全員が思った事だった。そして。入学初日で《無能》と呼ばれた慶志朗は、二日目にしてめでたくクラスメートから『ヘタレ』と呼ばれる事となった。


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