初めての超人(戦闘編)
翌日。取り敢えず応急的に寝る場所を作った慶志朗は、目覚めるとすぐにトレードマークの黒ブチ眼鏡を掛け、学園の制服に着替えた。そして、昨日の内に自宅の近所のコンビニで買っておいたオニギリで朝食を済ませる。
三黒須学園は全寮制であるのだが、その生徒総数の多さから、学生寮は少し離れた場所に纏めて建てられており、チョッとした団地の様な様相を呈している。
中等科から大学までの生徒が纏めて生活している為、寮の食堂では追いつかず学園寮の有る地区にはコンビニも食堂もあり、また、生活必需品を売る店舗まで存在していた。
だが、《超人》から嫌われた慶志朗は寮地区から離れた場所の、学園の職員棟の屋上の部屋――というか廃墟――をあてがわれた為、他の寮生よりも登校の手間が省けた。
「でも……食事と風呂は不便だよな……寮地区まで出かけないと駄目っぽいし」
昨日の内に用意しておいた鞄を手に取りつつ慶志朗はぼやく。
「と言っても、電気ガス水道が通ってると言う事は、自炊が出来るって事だよな」
早い内に修理してもらって真彩に炊飯器を送ってもらおう、と考えながら、慶志朗は教室に向かう。職員棟と教育棟は渡り廊下でつながっている為、物の数分で教室に着く。
わざとノンビリ来た為か、教室には既に殆どの生徒が登校している様で、扉越しに騒がしい雑談が聞こえてくる。
「ははっ……やっぱり《超人》でも、こう言う所は『普通』の学生と同じじゃないか」
《超人》と言っても、やはり学生は学生。昨日真彩に悟らされた事を頭の中で繰り返し、慶志朗は意を決して扉を開いた。
「お早う……ってあれ?」
扉を開けた瞬間、やはり水を打った様に教室が静かになった。が、慶志朗が困惑したのは別の理由だ。制服を着た生徒が一人も居なかったからだ。
慶志朗の事を驚いた顔で見たり、あからさまに不愉快そうな顔をしたりする《超人》達の全員が私服姿だ。三黒須学園の制服を着ていたのは慶志朗ただ一人だった。
「何で……?」
慶志朗が不思議そうに首を傾げていると、
「三黒須学園では、特に指定された場合で無い限り私服が認められております。従って入学式が終われば、誰もその様な動きにくい制服で登校など致しません」
丁寧だが何処か余所余所しい口調で言われ、慶志朗はそちらの方を見る。
「あ、静野さん……って黒っ!朝なのに夜みたいに黒い!」
振り向いた先に居たのは、黒で統一した私服姿の理瀞だった。華やかなデザインで生地も豪華に見えるが、髪が艶やかな黒髪で有る事も有り、まるでそこだけ闇が広がっている様だ。
「私が腹黒いと?」
穏やかな笑みを浮かべているが、眉の辺りがピクピクと震えている。
「あ、いや!別に内面の話しじゃなくて!ほら、昨日は制服だったから印象がね……」
「ほっといていただけます?私は黒系統の色が好きなのです」
そう言うと、にこやかな笑みのまま、
「本当に、貴方は何も知らないのですね。無知とは恐ろしいですわ」
丁寧な口調でキツイ事をいうと、理瀞はさっさと自分の席に向かって行ってしまった。
「悪かったね無知で……というか誰も教えてくれないんだから仕方ないじゃんか」
唇を尖らせて愚痴り、仕方ないのでそのまま昨日の席に向かう。
後の席には既に翼が座っていた。だが、昨日の事もあり何となく話し難く、余り視線を合わせない様にして席に着きながら、一応小さい声で「お早う」とだけ言って座る。
「へえ……まさか普通に登校してくるとは思わなかったよ」
返事を期待して居なかったのだが、そう言われて慶志朗は背後の翼を振り返り、
「折角入学出来たんだし、そう簡単に転校なんか――って白っ!眩しい位白い!」
後の席の翼は、昨日感じた通りに私服もお洒落だった。全体的に白い服装の為、窓際という事も有って指し込む朝日に照らされて必要以上に輝いて見える。
「ふぅん……ま、何時まで続くか見ものだね」
翼はそう言うと、もう興味を無くした様に慶志朗から視線を外してしまった。
(くっ……あ、朝から何て居心地の悪い……でも我慢だ僕!《超人》なんかに負けるか!)
ずり落ちそうな黒ブチ眼鏡を人差し指で戻しつつ、慶志朗は前を向く。ともかく今日から本格的な授業が始まる。昨日の決心はまだ揺らいでいない。だから慶志朗は、周囲の白い眼差しも気にせずに担任が来るまでじっと待っていた。
HRが終わり最初の授業が始まる。数学だった。
(やっぱり……五教科に関しては『普通』の学校と同じだ!)
数学の教師が黒板に書く例題は中学の頃の続きであり、慶志朗にも十分理解出来た。続く国語も理化も、やはりと言うか当然の様に普通の授業だった。
順調に授業をこなして行くが、とうとう四時限目には三黒須学園の代名詞ともいえる授業がめぐって来る。即ち《能力》訓練の授業だ。
三黒須には体育という授業が無く、代って《能力》訓練が当てられていた。しかも、他の授業よりも多く枠が設けられており、ほぼ毎日授業がある様だ。隣のクラスと合同で行うらしく、A組とB組の生徒が一堂に集まっており、かなりの大人数だ。
(うにゅ……そうか、身体的能力っていってたもんな……《超人》ってのは身体を使った《能力者》の事なんだな……)
この時ばかりは私服姿だった生徒達も、学校指定のジャージ姿で校庭に集まっていた。
いや、校庭と言うよりは原野と呼ぶべきか。普通の学校に有る様なサッカーコートやテニスコートも有るには有るのだが、片隅に纏まって整備されており、その先に広がるのはドーム球場並に広大だが何もない、土が剥き出しの地面だ。そのだだっ広い校庭で、
「本日が高等課程最初の《能力》訓練になる訳だが……初顔合わせの生徒も多いだろう。従って今日は《能力》の確認の意味を込め、一対一の試合を取り行う」
担任の磯谷が、集まっている生徒にそう宣言する。この学園ではそれぞれの教科を専攻教師が教えるが、《能力》訓練の授業は担任教師が担当するらしい。
「六グループ同時に試合を行う。呼ばれた者は各自前に出る様に」
(いきなり試合ですか!って……この場合僕は何をどうすればいいんだろ?)
これまでは《能力》訓練という授業など受けた事の無い慶志朗は、そもそもこの授業がどういう物かすら知らない。漠然と体育代わり程度に考えていた。
今は慶志朗の名前が呼ばれなかったので、他に呼ばれなかった生徒の後をついて校庭の隅っこに移動する。
試合は制限時間四分。白線で区切られた試合場から相手を出すか、地面に相手の身体をつけるか、降参させればそこで終了というルールらしい。
(何か相撲見たいなルールだな……あ、あそこに居るのは静野さんだ!)
六つに分けられたスペースの一つに、ジャージ姿の理瀞を見つける。
(そう言えばさっき名前呼ばれてたっけ……)
知り合いの全く居ない《超人学園》で、数少ない見知った顔に、慶志朗は何となく彼女の試合を観察する事にする。
《能力》は昨日の測定で見ていたが、どういう使い方で何をするのか。それすらも解らない状態の慶志朗には、これから学園でどう生活していけばいいのかを知るいい機会だ。
興味津々でいると、教師の合図と共に相対していた生徒達が一斉に動き出す。慶志朗が注目している理瀞は、慶志朗と同じクラスの編入組(と言ってもこちらはれっきとした《超人》)の女生徒との試合だった。開始してからも理瀞は動く事無くその場に立ちつくして居る。
編入組の女生徒は合図と同時に腕を動かし、指先から輝く糸の様な物を理瀞に向けて飛ばして来る。だが理瀞は依然動かず、体の周囲に黒い霧の様な物を漂わせているだけだ。
光る糸が霧に触れると、まるで闇に飲みこまれる様に消えてしまう。
「学年三位の静野か。見るのは初めてだが……アレが《黒塵》か。黒百合姫と呼ばれるだけはある。厄介な《能力》だな……あの翼とも引けを取らないと言うのも頷けるぜ」
「まさか。翼と比較しても仕方ないだろ。静野は《魔術系》だし」
慶志朗と同じく見学している生徒が、それぞれヒソヒソと囁き合っているが――当然の様に《能力》とは無縁の世界で生きていた慶志朗には全く会話の意味が解らない。それ以前に、眼の前で一体何が起きてどうなっているのかが解らない。
(黒百合姫って……静野さんのアダ名?あの黒い霧を使うからかな?)
周囲の生徒に聞こうにも見事に全員から無視されており、慶志朗は仕方なく生徒達の試合を見ながら、ボードに乗せた紙に何やら書き込んでいる担任の側にツツッと近付く。
側に寄って来た慶志朗を磯谷は横目でチラリと見たが、すぐに視線を試合に戻し、何事も無かったかの様にボードにペンを走らせる。
「え、エート……先生、ちょっとお願いが有るんですが?」
磯谷はボードに書き込みつつ煩わしそうな視線を送って来るが、慶志朗は構わず、
「ハッキリ言って何が何だかサッパリ解りません。って事で解説をお願いしたいのですが!」
「……」
磯谷は無言でペンを動かし続けていたが、慶志朗がジーッとしつこく視線を送っていると、やがて溜息を吐いて手を止める。
「全く……何も知らないで三黒須学園に入学して来たのはお前が初めてだ」
「アハハハ、すみませんね。で早速なんですが、あの静野さんの試合って一体何がどうなっているんでしょうか?」
その質問に磯谷は理瀞の試合場の方に顔を向け、
「静野の相手、佐川は《強化系》の《能力者》だ。光糸を形成して攻撃しているが、静野が《魔術系》の《能力》である《黒塵》で全て防いでいる」
「えーと先生?のっけから意味不明なんですが!その《魔術系》とか《強化系》って何です?」
「……お前は予習という言葉を知らんのか?というより三黒須で知らないのはお前だけだ」
ジロリと慶志朗を睨みつけ、
「《系類譜》の事だ。《能力者》の使用する《能力》の形態で、それぞれどの系統の《能力者》なのか区別する為の名称だ」
「昨日の第一種とか二種の事ですか?」
「それは『《能力》の強さ』の区分だ。通常、《能力》とは、生体プラズマと呼ばれる精神エネルギーと、レクト・エレメと呼ばれる、大気粒子を体内で反応させ個人の特性に有った形体に変換して作用させる。それが出来る人間を第一種能力者……《超人》と呼ぶ。第一種や二種という呼び方は、生体プラズマとレクトをどれだけ効率よく変換できるか、という基準で分けているに過ぎない。小さい反応で巨大な力を引き出せる者がより評価されるのが常だ」
「はあ……成程成程~。で、系類って言うのは?」
「……お前解ってないだろその口調?まあいい。系類とは、変換させた『力』を使って、どういう《能力》を発現させるか、だ」
「……と言う事は《能力》って何種類も有るんですか?」
「それこそ《能力者》の数だけ種類がある。だが、大まかにタイプで分けて呼び表す。それが《系類譜》だ。例えば――」
磯谷は別の場所で試合をしている生徒を指さし、
「そこで口から火を吹いている大山と、手から火球を出している新庄がいるな。同じ《能力》に見えるかもしれんが、全く別系統の《能力》だ。大山の《能力》は《強化系能力者》……《強化系》に分類される。肉体的に常人を超えた《能力》の者を指す系類だが、人間が持ちえない特殊能力、炎や佐川の光糸も、空を飛んだりするのも《強化系》に含まれる。対して」
磯谷は隣で火を投げつけあっている生徒の試合に見とれている慶志朗の頭に手を乗せ、グリンと捻り理瀞の方に顔を向けさせる。
「あだっ!い、痛いです先生!」
「新庄や静野の使う《能力》は主に、言語によって超常現象を引き起こす《魔術系》だ。静野の周囲に漂う黒い霧の様な物は、彼女の《魔術》で生み出された《黒塵》と呼ばれる物だ」
「ま、魔術?何でも有りなんですね、《超人》って……」
「他にも様々な系類が存在する。向うのが、様々な道具や武器を仮想空間に預け、必要な時に取り出せる《保持者系》、こっちが人間以外の動物や異世界の生物の特性を取り込み形態変化できる《変異系》、アレが、《能力》的には地味だが、常人の数倍に及ぶ知能と洞察力で他の《能力者》と対等に渡り合う《導士系》だ」
「いででっ!せ、先生?今首から出てはいけない音がしたんですが!」
次々と《能力者》の方に顔を捻じられ、慶志朗が悲鳴を上げるのを無視して、
「そして……伝説に出てくる様な強力な武具を《能力》で作り出したり、神話に出てくる英雄と同等と言われる《能力》を使う《英雄系》。その代表が結城だ」
最後に翼の方に顔を向けさせると、ようやく慶志朗の頭から手を離す。自由になった慶志朗は、激しく動かされてずれた眼鏡を戻しつつ恨みがましい視線で磯谷を見上げ、
「その《英雄系》って少ないんですか?他の系類は使っている生徒がこんなに居るのに」
「希少だな。学園全体でも《英雄系》の《能力者》は十名だけだ。高等科では三名しか所有する《能力者》がいないのが現状だ」
磯谷は視線を試合に戻すと、手元のボードに再びペンを走らせる。
「まったく……こんな初歩を一々説明させるな。予習位しておけ、バカ者が」
ムスっとした顔で生徒達の試合をチェックする。が、ふと思い出し、
「そう言えば静野と佐川の試合だったな。見ての通り、静野は《黒塵》で佐川の《光糸》を分解して防いでいる。《能力》は圧倒的に静野が上だ。本当は簡単に佐川を倒せる筈だが――」
磯谷は不機嫌そうに舌打ちする。
「アイツは同性相手だと手を抜くからな。大方、新入生の佐川の自信を壊さない為に引き分けに持ち込むつもりなのだろう」
「へえ……あ、そう言えば他の人達が学年三位だと言ってたっけ……成程、それだけ凄い《能力者》だから皆が黒百合姫なんてあだ名付けるのか」
改めて理瀞達の試合を見る。確かに、一切の攻撃をせずに佐川の攻撃を受けている理瀞は、《能力》に疎い慶志朗から見てもかなりの実力差に見える。と、己の攻撃が全く通用しない事を悟ったのか、佐川が光糸を作るのを止め、
「……私の負けです」
と項垂れて宣言する。理瀞は何事も無かったように黒い霧――《黒塵》を消すと佐川の方に歩み寄り二言三言、声を掛ける。項垂れていた佐川はパッと顔を上げると、何故か頬を赤く染めウットリとした表情で理瀞に寄り添い、二人で試合場所から離れる。
「……センセ……今、静野さんは同性相手だと手を抜くと言いましたよね?」
「ああ。中等科時代からのアイツの悪い癖だな」
何やら仲が良さそうに手を繫ぎながら白線の外に出ていく二人をチラリと見て磯谷がさりげない口調で言う。慶志朗は暫し二人の様子を生温い眼差しで眺めた後、
「えーと……それって、もしかして静野さんてレ……」
「言うな」
「……ひょっとして、黒百合姫っていう呼ばれ方って《能力》じゃ無く本当に百合……」
「だから言うな!三黒須の教師は生徒の私生活には不干渉だ!」
視線をそらして磯谷は怒鳴る様にうと、
「よし、そこまで!入れ替えをするぞ。名前を呼ばれた生徒は前に出ろ!」
取り繕う様に、次々と生徒の名前を呼ぶ。今回も慶志朗は呼ばれなかった。その代わりに、
「最後は結城だ。それぞれ試合場所に移動しろ!」
磯谷が言った途端、周囲がざわめき出す。男子は警戒の眼差しを向け、女子達は嬉しそうに黄色い声を上げる。先程試合の終わったばかりの理瀞も一緒になって歓声を上げている。
「相変わらず『騎士』様はモテるな……チッ、スカした奴だ」
「まぁ、《能力》もダントツだしな。だが……今回も《白銀》は出さないだろ?」
(『騎士』?翼君の事かな?《白銀》って言うのが翼君の《能力》なのかな?)
男子生徒の囁き合う声をコッソリと聞いていた慶志朗は内心思う。そんな中翼は歓声やヤッカミの声を当然の様に受け止め、平然とした様子で割り当てられたスペースに行く。相手は計測の時に鉄板をぶち抜いていたあの男子生徒だった。
「結城の試合を良く見ておけ。実力差が有り過ぎるから決して本気は見せないだろうが……現三黒須学園最強の《能力者》の力の一端を」
隣の慶志朗にそう言うと、磯谷が「始め!」と号令を掛ける。