能力なんでも鑑定団
一話が長すぎて読みにくいと言う指摘がありましたので、
分割して掲載してみます。
「全く。折角合図を送ったのに無視するなんて、冷たい奴だな君は」
入学式が滞りなく終了し、各クラスでの集合になり新入生はそれぞれのクラスに分かれて集まって居た時、翼が拗ねた様な顔で言って来た。
「いや無理だから!あの状況で返事なんかしたら殺されてたよ?」
席決めもまだなので生徒達は各々好きな場所に陣取り、翼は窓側一番後の席に座り、その前の席に慶志朗が座っている。
翼は壇上から送った合図に慶志朗が反応しなかった事が不満だったらしく、ふてくされていたが、慶志朗からしてみたら冗談ではない話だ。こうやって前後の席で話をしている今でも、周囲の女子だけでなく、クラス全員が二人を遠巻きに眺めてヒソヒソと話し合って居るのが慶志朗にも聞こえて居るのだから。
これからクラスメートになる生徒達はやはり多くの者が髪を染めており、慶志朗には翼の言う様に髪染めをしていない生徒はむしろ少ない様に思えた。
「それに、全くってこっちが言いたいよ。君が代表挨拶だなんて聞いて無かったもん」
「はははは。驚いた?それなら許してあげるよ。黙っていた甲斐があったというものさ」
何処となく得意そうな顔で言う翼に、慶志朗はつい笑みを浮かべてしまう。
「でもいいの?君はこの学園では有名人なんでしょ?僕なんかと話していないで、友達と話してきた方がいいんじゃない?」
「有名じゃないよ。サッキも言ったけど、ここは一環校だから殆どの人が幼年科からの繰り上がりだよ?そんなに長く同じ顔見ていたら大抵の人とは顔見知りになるさ。それに――」
翼はグルリと周囲を見渡す。すると、遠巻きにこちらを窺って居た生徒達は一様に視線をそらし、或いは俯き、囁きあいの声すら聞こえなくなった。
「ね?こんな感じで皆あんまり話してくれないんだ。学園内でこんなに僕と話をしてくれるのは理瀞さん位だよ。だから君が僕の話し相手になってくれるのは嬉しいんだ」
周りの反応に苦笑し、机に肘を置いて頬杖をつきながら慶志朗に柔らかく笑みを向ける。その仕草はとても似合っていて、慶志朗はつい見とれてしまう。
(天才の孤独ってやつなのかな……?)
そんな考えが慶志朗の頭をよぎる。存在感が無く、成績も容姿も実に平凡であった彼は、自ら望んでいた事も有り周囲から孤立していた。
だが翼の場合は違う。幼い頃からトップを独走する百年に一度の逸材。加えてこれ程の美形だ。どうしても目立ってしまうのだろう。目立ち過ぎる存在は周囲から孤立する事が多い。
「で、でも君は女子から人気が有るでしょ?そんなに顔と頭が良ければモテまくりでしょ?」
慶志朗が言うと、翼は驚いた様に顔を上げ、慶志朗を凝視する。
「そうか……僕はそんなに顔が良いのか!それは知らなかった……」
「うわ!モテ野郎の余裕の発言だ!」
「モテって……コレでも異性から告白された事もした事も無いよ。モテた事なんかないさ」
「ウソだぁ。だって君が代表挨拶していた時、女子なんか皆うっとりと君を見て居たよ」
すると翼は頬杖をついたまま含み笑いをし、
「ああ……うん、確かに、なんかそう言う女子が多いみたいだね。でも、あれでしょ?単に首席という肩書があるからだよ。あ、君の言葉を借りればこの顔も、か」
「……それをモテると言うと思うんだけど。翼君って女の子好きじゃないの?」
そう言うと、遂に翼は声を上げて笑い出した。
「アハハハハ!そりゃ、好きだよ女の子。憧れの眼差しで見られて悪い気はしないよ」
ひとしきり笑った後、翼は慶志朗を興味深そうに眺める。
「やっぱり、面白いね慶志朗君は。僕にそんな事を聞いてきたのは君が初めてだよ。いいね、益々気に入ったよ君」
「……そんなに変な事を言ってる僕?」
「いや、新鮮だっただけさ。ははは、まさか僕が『普通』の学生みたいに、男子と女の子の話をするなんて、ね。初めだよ」
そう言って、再び楽しそうに翼が笑う。どう対応していいのか解らず、慶志朗は困った顔で周囲を見渡す。すると――クラスの全員が驚いた顔でこちらを見て居る。
「ん?」
何故皆がそんな表情をしているのか慶志朗には全く分からなかった。気が付けば、遠巻きに見て居る生徒の中に理瀞が居り、彼女も周りの生徒と同じく目を丸くしていた。
「そんな……翼さんがあんなに楽しそうに……殿方とお話されるなんて!」
その言葉は小さく、離れた場所に居る慶志朗に届くる事は無かった。
その後も暫くは翼と他愛の無い会話をしてたが、担任の教師が教室に姿を現すと、周囲の生徒が慌てて席に着いたので、慶志朗も前を向き会話はそこで終わる。
担任の教師は頭に白い物が混じった初老の男性教諭で、気難しそうな人物だった。重苦しい口調で簡単な連絡事項が伝えられ、その後生徒達の自己紹介が始まった。廊下側からの順番だったので、慶志朗は最後から二番目になる。
最初の挨拶が肝心、今までとは違う、平凡では無い生活を送る為ここはビシッと決めなくては!と、慶志朗は緊張しつつも立ち上がる。と、
「あの人よ……翼様と馴れ馴れしく話していた子だわ」
「おい……アイツ『編入組』だぜ……」
慶志朗が口を開く前に、クラスメートがざわつき、一斉に好奇の眼で慶志朗に注目する。
「ぬほぁ!な、なんだこの針のムシロは?」
これまで、誰かに注目されたと言う経験の無い慶志朗は、皆の視線を浴び怯んでしまう。しかも、その理由が自分とは殆ど関係ない理由――学年一位独走の翼が気に入っている――という、ただそれだけと来れば、居心地の悪さもここに極まれりといった感じだ。
「えええええっと……ほほほ帆村慶志朗…………デス……ヨロシク……」
結局、気のきいた事は何一つ言えず、裏返った声で短く言うと、すぐ着席してしまう。
「チッ……勿体つけやがって……最後まで《能力》を隠す気か?」
「え、ウソだろ?翼が話ししていたから女だと思ってたぞ!」
「ぐほぁ!ま、またか……何で皆僕が女に見えるんだ……」
簡素過ぎる慶志朗の挨拶に、クラスメートはそれぞれ落胆したり探る様な眼を向けたりして来るが、慶志朗はそんな事が気にならない程ショックを受け机に突っ伏し一人涙し始めた。
そんな慶志朗にとって悲し過ぎる自己紹介も、後の翼の番で終わり男性教諭が今後の大まかな行事説明を始めた。三十分程教諭が説明をした後、
「ではコレより系類検査を行う。中等科からの生徒は能力測定と査定、高等科からの生徒は適正審査と測定を行う。全員、測定棟に向かう様に」
「……はい?測定?審査?」
突然の事に慶志朗は意味が解らず、思わず瞬きしてしまう。が、彼以外のクラスメートは、翼も含めて全員当然の様に席から立ち移動の準備を始める。
「さ、行こう慶志朗君。先程ははぐらかされたけれど――君の《能力》が何なのかじっくり見させてもらうよ」
翼が慶志朗を促し立たせるが、何を言って居るのかさっぱり分からない。ただ、
『何だろ……測定?……健康診断か何かかな?』
と思っただけで、不審に感じつつも翼の後について教室を後にする。
翼に案内され、辿り着いたのは教室の有る一般教室棟から数十メートル先にある味気ないが重厚な建物だった。翼の説明によれば、この建物は「測定棟」と呼ばれ、チョッとした博物館並の広さがあり、五階建ビル程度の高さがある。ただ、各階の階層を広く取ってあるらしく、三階建の外観をしていた。
中に入ると、他のクラスの生徒達も同時に測定を受けるらしく、生徒達は巨大な吹き抜けのエントランス部分に集まっており、入学式の時と同じ混雑を見せている。
「ウチのクラスは第一計測場か……こっちだよ慶志朗君。」
ボードに貼りだされた手書きの指示表で確認した翼がエントランスの奥へと進む。
「凄いね……こんな人数を一度に診断するの?」
「……診断?計測だよ。ここは演習場と並んで当学園自慢の施設だからね。収容人数はざっと四千人。計測場は合計十室あるよ。同時に二百人の計測が可能……というけれどね、高等科だけでなく初等科や中等科もここを使うから、コレでも手狭らしいよ?」
「……演習?」
物騒な響きの言葉に慶志朗は顔をしかめるが、翼は気にせずに移動する生徒の流れの中、広く長い廊下を進み、巨大なドアの一つの前で立ち止まり、扉を開く。
「うっわ広っ!」
そこは体育館並の広さがあり、壁際には見た事も無い高価そうな機器が並んでいた。まるでSF映画の宇宙船の様な未来的な設備だ。片隅には何か改造人間でも入ってそうな、巨大シリンダーの様な器具まである。
「な、何だこれ?」
学校の身体測定にしては如何わしい設備が多すぎた。まるでどこぞの秘密結社の人体実験室だ。一つ一つの機材が実に高価そうで、ただの学校法人に揃えられる設備には見えない。
「よし。では高校からの入学者はこちらで適正検査を行う。中等科からの生徒は前年度との比較調査だ。前年より下回っていた者は当然評価が落ちるからな」
唖然としている慶志朗を余所に、怪しげな機材を準備していた教師がそう言う。中等科からのエスカレーター組の生徒には周知の事の様で、それぞれ自信ありそうに頷いたり、不安そうに俯いたりしている。
(え?何、身体測定の結果と評価がなんの関係あるんだろ?)
健康である事がこの学校ではそんなに重要な事なのか、と考えていると、
「では新入生の最初は……帆村慶志朗、お前からだ!」
いきなり慶志朗が呼ばれる。それを合図にしたように生徒達がゾロゾロと移動を始め、中等科からの生徒はそれぞれ機材の前で待ち構えていた白衣姿の大人達に集まる。
「僕の測定は向うか……君の《能力》を近くで見れないのは残念だけど仕方ないな」
翼はそう言うと、他の生徒達に混じって行ってしまう。
(《能力》?何かさっきから変な事言って来るなぁ)
と思ったが、取り敢えず呼ばれたので慶志朗も移動する。彼の後には新入生が並ぶが、七人余りが並んだだけだった。
「あれ……?これだけ?後は皆『エスカレーター組』なの?」
「高等科からの新入生の多くは一般教育科だ。高等課程で育成科に来る者は少ない。殆どの場合は既に我が校に在籍しているからな。特別育成課に一クラス八名は多い方だ」
思わず漏れた慶志朗の疑問に、担任教師――確か磯谷と自己紹介で聞いた――が書類を出しつつ答えて来るがやはり今一解らない答えだった。
「それよりも……帆村、お前の《系類譜》は記入漏れが多過ぎだ。と言うよりも名前以外空欄じゃないか。やる気あるのかお前?」
「はぁ……けいるいふぅ?」
ハテ、と慶志朗は頭を捻る。入学申込用紙には全部記入した筈だし、そんな用紙を見た記憶が無かった。困惑する慶志朗に磯谷教諭は溜息を吐き、
「まぁいい。では聞き取りから始めるか。先ず、お前の分野は?」
「ぶ、ぶんや……?それは新聞記者を指す別称……?」
「……お前、馬鹿にしているのか?得意分野だ!」
「えー。特に無いですが強いて挙げれば……体育?」
「真面目にやらんか!」
ジロリと慶志朗を睨み、磯谷が怒鳴る。だが、慶志朗はふざけたつもりは無く、真面目に答えていたつもりなので、ついキョトンとした顔で担任の顔を見返してしまった。
「お前の特技は!今まで積み重ねて来た技能は何だ!」
「あ、ああ……特技ですか!日曜大工と畑仕事です。後、母さんに無理矢理やらせられた車の整備と料理、と言った所ですかね?」
慶志朗が胸を張って答えると――背後に並んでいた生徒がザワザワと騒ぎだす。
「それは趣味だろ!そうじゃ無くてだな、お前の《能力》は何だと聞いているんだ!」
「は?《能力》?」
何やら頭を押さえつつ激昂しながら怒鳴る磯谷だが、どうもうまく話しが噛み合っていない。先程から慶志朗には意味不明な言葉を羅列して来る。
その時、慶志朗の背後から、
「ぬおおおおおおおおおおおおおおっ!」
猛々しい咆哮と、続いて『ズドムッ!』という何かが吹き飛ぶ音がした。
「うはぁ!何事?」
慶志朗が慌てて振り向くと、エスカレーター組の生徒の一人がケーブルが多数繋がった妙な機材を体に取り付け、厚さ五センチ程の鉄板を拳で打ち抜いた所だった。
「ああ、なんだ曲芸か。びっくりした」
朗らかに言って磯谷の方に向き直ろうとして――
「って待てぃぃぃぃぃ!拳?ねえ今素手でぶん殴った?鉄だよねあれ!」
思わず突っ込み再び振り向く。その眼前で再び――
「どおぉぉぉぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ばばばばばか!どりゃーじゃないって!」
慌てる慶志朗を余所に、男子生徒は脈絡も無く床から新たにせり上がってきた、今度は二枚重ねの鉄板に向けて手刀を振り降ろす。
だが慌てて居るのは慶志朗だけだ。他の生徒は――慶志朗の背後に控える『編入組』も含めて――平然としていた。
男子生徒の手刀は、まるで熱したナイフでバターを切る様に、易々と分厚い鉄板を二枚とも真っ二つに切り裂いてしまう。
「生体プラズマ変換効率プラス一・五ポイント……レクト消費はコンマ三ダウンか。総合評価一四〇……前回より上げて来ているな」
モニターを見て居た白衣の大人が当然の様に意味不明な事を言いだしそれを聞いた男子生徒は嬉しそうにガッツポーズをする。
「はぁ?ナニソレ……」
目の前で起きた出来事が信じられず、慶志朗は思わず目が点になる。
気がつけば、幾つかのグループに分かれて、怪しげな機材にケーブルで繋げられた生徒達全てが、誰も彼も、そこでもここでも、この場に居る慶志朗以外の全員が、彼には信じられない事を平気でやってのけていた。
ある生徒は金属製の鎧みたいな物を相手に、何も無い所からゲームでしか見た事の無い様な剣を取りだし切り付ける。ある生徒は虚空に向けて口から炎を噴き出した。ある生徒は紙の束を取り出し、そこから鳥や鹿などの動物を出して見せる。またある生徒は体に鎖を巻き付け、その鎖を引きちぎってジャンプ、と言うよりどう見ても空を飛んでいる。そしてある生徒は、ジャンクパーツの山に手をかざし、一瞬でパソコンを一台組み立てて見せる。
先程の理瀞すら、何処からか運ばれてきたボロボロの乗用車に向けて、黒い煙の様な物を手から撒き散らし、その煙が車を覆うと、瞬く間に車が崩れ落ち砂鉄の塊にしてしまった。
「…………一体何なのこの変人大集合は?これ何かのドッキリ?特撮とか?」
「変人とはなんだ。《超人》と言わんか馬鹿者!」
「……はい?」
(今この人何て言った?確か……《超人》?ナニその如何わしい名称?)
この人、頭大丈夫かな?と一瞬本気で考える。大体、今時《超人》などと言う馬鹿げた言葉を言いだす人間がいるとは思わなかった。そんな名称、今時映画や漫画でも出てこない。精々キ○ニ○マンか○ック位が関の山だ。
大体《超人》などはただのお伽噺でそんな者は存在しない。人は人であり、人を超えた人など存在自体に矛盾がある。だから人間の常識を超えた存在は既に人では無い。
だが、担任の磯谷は至って真面目に言っているらしく、背後で聞いている筈の『編入組』の生徒も、誰一人として失笑を漏らしたりしなかった。
「……《超人》……ですか?ここに居る皆?」
「当り前だ。お前もそうだろうが。当学園は『あらゆる世界』から《超人》を集めて教育、育成を目的とした――通称《超人学園》だ。一般科も含めて全員《超人》に決まっている」
「あは……あはははは……ははははははははは!」
慶志朗はつい笑い声を上げてしまう。だが、その笑い声は何処か虚ろだ。それも当然と言えば当然だ。何故なら慶志朗は、当り前に、完全無欠に、隠し様も無い位に――
『ただの人』だったから。
空も飛べないし、火も吐けないし、鉄板を殴れば間違い無く骨折する、『普通の高校生』。それが帆村慶志朗だ。間違っても《超人》などでは無い。
(あははは……みーんな《超人》だってさ……ははは……しかも、僕も同類と見られてるなんて……うはははははは!もう笑うしかないね!)
今まで、映画や漫画でしかこんな異常な人間達は見た事が無く、しかもその全てが作り物、まやかしだと信じて十五年過ごして来ていた。
その《超人》がいきなり現実として存在し、学生として集まる学校が有り、しかも自分がその学校に入学してしまった、と言う事実。
(何で僕こんな学校に居るの?てか何で合格出来たの!)
と言うのが正直な所だ。悪い夢なら早く覚めて欲しいとすら思う。
「何を笑っている?そうか……お前、もしかして他の《能力》を見るのは初めてか?」
立て続けに起こる怪異な出来事に、ちょっと危ない笑い方を始めた慶志朗に、教師は勝手に納得したように頷き、
「外来からの入学者は後天的、又は変異的に《能力》を身につけた者が多いからな。その様な《能力者》には我が校にも数が少ないユニークな《能力》に目覚めた者が殆どだ。お前が他の《能力者》が珍しいのも解る」
(はぁ?ナニソレ!僕にそんな《能力》有るわけないじゃん!ってハッ?)
先程知り合った翼の態度、その後のクラスメート達の態度を思い出す。
(ま、まさか……てっきり、ただ単に受験で途中から入学して来た、って意味だと思っていたけれど……もしかしてこの学園で『編入組』と言うのは……レアで強力な《能力》を持った生徒の事なのか!だから翼君が僕の事を優秀って……?)
何だそれは?と慶志朗は思う。全く身に覚えの無い期待を掛けられ、持っても居ない『能力』に対して警戒を向けられた、と言う訳だ。
「では改めて聞く。帆村、お前の《能力》は何だ?」
磯谷教諭に再び尋ねられた慶志朗は、
(そんなもん無いよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!)
心の中で目一杯叫ぶ。同時に全身から妙な汗が噴き出て来る。